九州の高校生が台湾のデジタル大臣と白熱議論 唐鳳氏にぶつけた「デジタル社会で生きること」
ITイコールデジタルではない
――私は小学生の時に英語力がゼロのままアメリカに渡り、現地の学校でITデバイスを使って英語を教えてもらいました。ITを使えば知識を効率よく増やすことができる一方で、コミュニケーション能力は先生と話さなければ身につきませんでした。デジタルでは言葉や気持ちのキャッチボールは限定的になるのではと思っています(佐賀西高校)
まず、IT=(イコール)デジタルではありません。ITはパソコンとパソコン、機械と機械をつなげる方法のことです。一方で、デジタルは人と人とをつなげる方法です。デジタルがITの基盤の上に構築されているのは間違いありませんが、デジタル=ITではありません。このことを先にはっきりと申し上げます。
ITの限界は、機械と機械をつなげることしかできないことにあります。では、ITが作り出す、例えば今、私たちが利用しているビデオチャットの技術をどのように活用すれば、「われわれは同じ空間にいる」といった感覚を誰もが感じることができるのか。これこそ、デジタルの応用における技術であって、どんなITを用いても決定できるものではないのです。というのも、これは私が一緒に決めていく空間であり、作り出していく空間だからです。
同じ空間にいながら、異なる場所から、異なる文化、異なる価値観を持った人たちが共通の物事に取り組んでいくことができないか。いわば、共同創作ができる状況を作り出すことこそ、人であるわれわれ自らがやるべきことだと思います。このような状況については、事前にITが解決したり求めたりしていくことはできません。コミュニケーションを絶えず繰り返すことで達成できるものなのです。より良いITはコミュニケーションの輪をさらに多くの人々に広げることはできますが、最終的には人々が時間をかけていくことが大事です。
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