小難しい「科学の話」を面白く伝えるための方法 一般の人と「同じ目線」に立つことが大切だ
川上:さすがに27億年前のことは考えたことがありません。僕の想像が追いつくのは2億年くらいの話ですね。
長い時間を研究する分野にとっては「どうでもいい」と受け止められるような短い時間軸のなかでも、どんどん生態系に変化が生じて、植物が根を伸ばしたりして風化が進みやすくなり、地質にも大きな影響が生じています。
以前は生物分野からしても地質学への関心は低かったのですが、連携すべき分野だと思いますね。
伊与原:本当にそう思います。植物については、鳥や海流が種子を運んでくるのだろうと想像がつくのですが、虫はどうやって島までたどり着くのですか。
川上:羽のある虫は自分で飛んできます。たとえば、ウスバキトンボは海を渡るトンボです。僕が研究拠点にしている小笠原諸島へ向かっているとき、船に飛んできたりします。
西之島にもウスバキトンボはいました。西之島は溶岩で多孔質なので水がしみ込んでしまい、水たまりができないので、繁殖はできません。彼らは片道切符で来ているわけです。
伊与原:トンボが西之島まで飛んでいけるとは驚きです。
読者には科学の本質をわかってほしい
川上:クモは自分で飛んでいきます。「バルーニング」というのですが、クモは自分で糸を出して、その糸が風に対してもつ空気抵抗を利用して、凧代わりにして飛んでいきます。クモは海を越えて世界のあちこちに到達しています。
伊与原:へえ。知りませんでした。生物の世界には、驚くべきことがまだまだたくさんありますね。想像を超えてくるような事実を知るというのは、本当に面白いですよ。
川上:僕は、科学は人を幸せにするものだと思っています。鳥の研究でわかる基礎的な部分は、経済的な面では人には役に立たないかもしれないけれど、エンターテインメントとして楽しんでもらえると思って本を書いています。
伊与原さんもそういうようなことを考えていらっしゃるような気がしました。『八月の銀の雪』を読むと、科学の面白さを人に伝える手段として小説を書いているように感じたのですが。
伊与原:もともとはそういうつもりはなかったんですけどね(笑)。ミステリであれば題材は何でもいいと最初は思っていたのですが、書き続けているうちに、結局自分がインスピレーションを受けるものが科学や研究者の世界にしかないと再認識したんです。
科学を題材にするからには、読者の方にその本質的な部分を少しでもわかってほしい。ですから、それをどんなふうにストーリーに組み込めば伝わるのかをいつも考えています。