街中にいるハトが迷いなく巣に戻ってくる事情 小説から読み解く自然界のさまざまな生態系
川上:鳥は人間に比べると頭が悪い、というような見方がありますが、記憶が生存に直結しているので、おそらくすごい記憶力を持っていると思いますよ。
本能とひとことで言うのは簡単なのですが、本能とはつまり、命の危険を避けて生き延びるために身に付いた行動のことだと思っています。
ところで、作中に鳩や渡り鳥が、磁場の情報を視覚のパターンとして「磁場を‟見ている“」という話が出てきますね。
このことが書かれた論文はプレスリリースも出されて話題になりました。僕にとっても想像を掻き立てられるような発見でしたが、鳥に関心があってもこの論文を知らない人もいます。伊与原さんは、よくご存じでしたね。
伊与原:僕はもともと地磁気の研究をしていたので、それを利用している生物、渡り鳥やクジラに興味があったんですよ。それに、川上さんにお会いする前にご著書をいくつか拝読していて、はっとしたことがあります。実は、僕は「鳥作家」なのではないかと……。
川上:エッ!「鳥作家」なんて肩書、世の中にないんじゃないですか?!
本や論文で知識を蓄える
伊与原:僕はデビュー作『お台場アイランドベイビー』でもコアジサシが重要な役割を果たす場面を書いていますし、津波予知に挑むはぐれ地震学者たちを書いた『ブルーネス』では彼らが開発した洋上ドローンを「ウミツバメ」と名付けています。自分でも気づいていなかったのですが、僕はすごく鳥が好きなんじゃないかと……(笑)。
川上:東京湾のコアジサシも、『ブルーネス』の洋上ドローンも、僕の研究と非常に近い世界です。なるほど、今日は鳥作家と鳥類学者の対談ですね(笑)。
生物の研究をされていたわけではないのに、「アルノーと檸檬」以外の短編でも生き物が出てきますね。「玻璃を拾う」は珪藻、「海へ還る日」は鯨が出てきます。いずれも科学的な事実がストーリーに溶け込んでいて読み応えがありますが、各分野の専門家に取材されたのですか。
伊与原:いえ、専門家に取材することは少ないですね。僕はもっぱら、「これだ」と思った対象についての本や論文を読んで知識を蓄えます。
専門家に取材すると研究現場の実情を知ることができるとは思うのですが、一方で、小説としてストーリーを展開するときに手足を縛られたような状態になってしまうことがあるんですよね。話を聞いた先生の顔が浮かんで、「こんなこと書いて叱られないかな」と気にしてしまうタイプなので(笑)。
川上:そうなんですね(笑)。いやあ、よく最新の情報を調べていらっしゃいますよね。