街中にいるハトが迷いなく巣に戻ってくる事情 小説から読み解く自然界のさまざまな生態系
伊与原:伝書鳩というのは、何が何でも自分の巣に、飼い主のもとへ帰るんだ、と尋常でない情熱で飛んでいるようにわれわれには見えますよね。
「アルノーと檸檬」の作中でも触れたのですが、シートン動物記の「伝書鳩アルノー」を読んですごいと思ったのは、シートンが「ハトの心の中を人間が勝手にでっち上げるのは間違いだ」と書いているところなんです。
川上:「アルノーと檸檬」のなかでも、鳩の帰巣本能の源を「家と家族、そして飼い主を愛するハトの心」とする意見について、不動産会社で働く主人公が「ずいぶん都合のいい解釈ですね」と否定していますね。僕はここを読んで、なるほど理系の元研究者らしい描き方だなあと感心しました。
伊与原:ありがとうございます。
川上:ところで、ハトの帰巣本能は何のためだと思いますか。
伊与原:正直、よくわかりません。人間の存在はハトの帰巣本能に影響を与えていない気がしますが……。
生存上の利益のために戻る
川上:そうですね。僕も人間は関係ないと思います。答えを言ってしまうと、結局、生存上の利益だと思います。「そうである場合」と「そうでない場合」を考えると、「そうである場合」の方が生存率がきっと高かったんですね。
ハトは生態系のなかでは、食べられる側、つまり弱い生物です。また、種子食という点も重要です。種子は一年のうちある時期しか食べられません。しかも年変動があります。そうなると、種子がある場所を覚えていないといけないし、種子のある場所を目指してあちこち行かないといけない。
繁殖するためには、捕食者がいるかもしれない新しい場所に行くよりも、以前繁殖に成功した場所に戻ったほうがまた繁殖に成功する可能性が高い。生き残るために、かつていた安全な場所へ戻る能力ができたのだと思います。
伊与原:リスクを取らないという戦略で成功したわけですね。