街中にいるハトが迷いなく巣に戻ってくる事情 小説から読み解く自然界のさまざまな生態系

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伊与原:『八月の銀の雪』に収録されている5篇のうち、「アルノーと檸檬」が一番面白かったという感想もいくつか届いているのですが、そういうコメントをいただいたのは初めてです(笑)。立ち退きを迫られている古いアパートに迷い込んだ鳩の飼い主を探すという話ですが、実は僕も一番気に入っている短篇です。

『八月の銀の雪』を上梓した伊与原新氏(写真:新潮社提供)

川上:僕は普段は動物系の本はあまり読まないんです。「アルノーと檸檬」には、『シートン動物記』の伝書鳩アルノーが重ね合わされて出てきますね。

意外に思われるかもしれませんが、僕は『シートン動物記』も『ファーブル昆虫記』も読んだことはありません。

伊与原:そうなんですか。生物研究者の少年少女時代の愛読書かと勝手に思っていました。あえて読まない理由があるんでしょうか。

動物の行動を人間に重ねることはしない

川上:僕の研究対象は動物です。動物の擬人化、感情移入は、学問として動物の行動を研究することといわば真逆の行為です。研究するうえで、動物の行動を人間に重ねてはいけないというのは鉄則なんです。

動物の世界は厳しいので、生存競争のなかで兄弟殺し、オスメス間の利益の対立など、人間の倫理観とは合わない行動も多々見られます。それを人間社会に投影するとろくなことがありません。

伊与原:なるほど。

川上:それに、本に限らず、アニメ、映画など動物を登場させる作品は、動物に対して、やたらと感動を求めるものが多いですよね。動物が「人間に感動を与える存在」という受け止め方は、非常に一般的なものだと思いますが、僕たちの研究からはかけ離れた立場です。

シニカルに聞こえるかもしれませんが、鳥類学者としては、研究対象の鳥に感動したりはしないんですよ(笑)。

伊与原川上さんの『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』のタイトルの謎が、今解けたような気がします(笑)。

川上:そうなんです。研究というものは、感動とか、好き嫌いとは別の次元でやるものですからね。

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