街中にいるハトが迷いなく巣に戻ってくる事情 小説から読み解く自然界のさまざまな生態系
川上和人氏(以下、川上):『八月の銀の雪』には、さまざまなジャンルの科学が出てきますね。気象、生物などについて書かれていますが、伊与原さんのご専門は地球惑星物理なのですね。
伊与原新氏(以下、伊与原):そうです。もともと地質や岩石にロマンを感じてフィールドワークをやってみたいと思っていたのですが、学部4年生のときに、ある研究室の先輩に「うちに来たら、南極に行けるよ」と聞きまして。ただそれだけの理由で、地球物理、中でも地磁気を扱う研究室を選んでしまいました(笑)。
川上:本当に南極に行ったのですか。
伊与原:4年生の冬に、南氷洋を調査する観測船に乗せてもらいました。川上さんとは今回初めてお会いしますが、同じ大阪出身で年齢がひとつしか違わず、専攻は異なるものの同じ大学院です。大学の食堂など、キャンパスのどこかですれ違っていたかもしれませんね。
川上:そうですね。あの大学院で地球惑星科学を研究されていた方が、小説家に転身されるとは驚きですよ。どうして小説家になられたのですか。
伊与原:きっかけは、研究に行き詰まったことなんですよ。実験の合間、論文も読まずにミステリー小説ばかり読んでいたら、トリックをひとつ思いつきまして。自分にも一篇書けそうな気がして、書いてみたんです。
それを江戸川乱歩賞に応募したら、最終候補に残してもらえました。その次に書いた『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞をいただいてデビュー、という経緯です。ちょうど10年前のことですね。
研究に行き詰まったことがきっかけ
川上:僕も本を読むのは好きで、特に海外のミステリーやSFを好んで読みますが、「書いてみたら書けた」というのがすごいですね(笑)。
伊与原:川上さんは大学の学部生のときは、特に鳥類を専門にしているわけではなかったのですか。
川上:学部では林学科におりそこで鳥の研究をしていました。受け身的に「小笠原でメグロの研究をしないか」と先生に勧められて小笠原の鳥の研究に進みました。メグロというのは特別天然記念物にも指定されている東京の固有種で、黄色い鳥です。
伊与原さんの新刊『八月の銀の雪』のなかの、伝書鳩が描かれた一篇「アルノーと檸檬」を拝読しました。とにかく、ハトの行動に対する解釈があくまでも登場人物の主観的な意見として描かれているところが、とてもいいと思いました。