コロナ禍で急増「自分を監視したい人々」の怖さ 世界は全体主義に巻き込まれようとしている

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中島:ではどうやって近代の重要な価値を洗練させていけばいいのか。そもそも、世界各国どこでも通じる普遍的な価値なるものが、あるのかないのか。先ほどの例で言えば、「子どもを殴ってはいけない」というのは、普遍的な価値なのか、という問題です。

それについて『全体主義の克服』の中で、私は「普遍」ではなく「普遍化する」というプロセスに注目しているという話をしました。最初から普遍的な価値があって、それを適用すれば万事解決かというと、それは無理だと思っているのです。

國分:なるほど。

中島:私は「概念は旅をしている」と考えています。例えば「憲法」という概念も旅をしていますね。憲法がヨーロッパの中だけで完結していたら、ヨーロッパ諸国の憲法もいまのような形にはならなかったはずです。日本にも旅をしてきて、大日本帝国憲法、そして日本国憲法という形での表現をあらたに得ました。これは広い文脈で見ると、憲法という概念の洗練のプロセスです。

「人権」もそうですよね。フランスで最初に人権と言われていたものと今の人権概念はまったく違う。最初から普遍的だったわけじゃない。現在の人権概念になるには、人権という概念が世界中を旅しながら、大勢の人がそこに関わって洗練していくというプロセスが必要だったと思うのです。

「問題」と「概念」は哲学の中で対をなす

國分:概念が旅をするというのは、僕の哲学のイメージそのものです。あるところで生まれた概念が日本に来て、例えば僕がそれに触発されて何かを考え、そしてそうやって考えたことがまた別のところに旅をする。

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概念の旅について僕なりに言葉を足すとしたら、なぜ旅をしている概念のことが気になるのかというと、僕らが何か問題を抱えているからだと思うんです。何らかの問題を考えるとき、旅する概念に助けを求めている。

例えば「主権」も、旅をしてきた概念です。国際秩序の中で日本が立派な国家として認められるためには、憲法を備えていなければならなかった。そのときに主権という概念に助けを求めた。

あるいは僕の個人的な経験だと、近代的な価値がガチガチに凝り固まってしまったところに「脱構築」という概念が来てくれた。そのおかげで僕らは非常に強い解放感を得ることができた。

何か問題があるから、ある概念が人の心を打つ。「問題」と「概念」は哲学の中で対をなしていると思います。そうすると、概念を使って問題に対応する中で価値が生み出されたり、共有されたりしていく。これが僕の哲学や政治哲学のイメージなんです。

「旅をする」というのはいいですね。外国のことを勉強するのも、旅をして留学生のように日本に来てくれる概念を理解するためです。現代社会が抱える問題は本当に複雑なので、旅をしてきてくれるさまざまな概念に助けを求める必要があると思いますね。

中島:ええ、そこに全体主義を克服するヒントもあるはずですね。(後編に続く)

(構成:斎藤哲也/ライター)

中島 隆博 東京大学東洋文化研究所教授

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なかじま たかひろ / Takahiro Nakajima

1964年生まれ。専門は中国哲学、比較哲学。主な著書に『共生のプラクシス-国家と宗教』(東京大学出版会、2011年、和辻哲郎文化賞受賞)、『ヒューマニティーズ 哲学』(岩波書店、2009年)、『思想としての言語』(岩波書店、2017年)など。

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國分 功一郎 東京大学大学院総合文化研究科准教授

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こくぶん こういちろう / Koichiro Kokubun

1974年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専攻は哲学。東京大学大学院総合文化研究科准教授。おもな著作に『中動態の世界』(医学書院、小林秀雄賞受賞)など。

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