日本は世界的に見ても、殺人や強姦の極めて少ない社会で、その点に関しては統計的にも、世界一安全な社会と言ってよいでしょう。もちろん女性が夜道を、男性とは少し異なる緊張感を持って歩いていることは、忘れてはならないことですが。
一方、毎日、数限りなく起きているであろう痴漢は、放置されています。これはたとえばアメリカのように、地下鉄はあっても満員電車のない社会では起きません。そもそもアメリカの地下鉄で、あんなぎゅうぎゅう詰めが起きれば、懸念されるのは痴漢よりも、スリでしょう。たとえばナイフで肩ひもを切って、カバンごと取られるといったことがあっても不思議ではありません。
そういう意味では、痴漢は人口密度の高い地域固有の犯罪ということもできます。でも、ゼミの複数の留学生いわく、中国人なら(日本でも)その瞬間に女性がぐっと手をにぎって上に上げたり、ガンと足で踏んだりするそうです。
痴漢成立の歴史
鉄道に詳しい研究者として有名な原武史さんは、痴漢の成立を1950年代としたうえで、その重要な条件として「和装から洋装への変化」と「スカートの中への幻想の変化」を挙げています(『鉄道ひとつばなし』講談社)。洋装はともかく、「スカートの中への幻想」って?
これについては井上章一さんが『パンツが見える』(朝日選書)で詳細な議論を展開しています。パンチラを見たいという欲望自体が、社会的・歴史的に作られたものなのです。
和装からズロースへと移行した時代には、下着が見えることに対して、女性も羞恥心を感じていなかったのに、洋装とパンティの普及が、隠されるべきものとしてのパンティを立ち上げ、「パンチラという性欲」を作りだしたとされるのです。そして、それに触れることへの「過剰な欲望」が誕生し、痴漢と結び付いたということになります。
痴漢は刑法上「強制わいせつ罪」にあたります。ですが、法律運用の実務では、下着の中に手を入れたケースを強制わいせつとして立件し、下着の上から触る場合や盗撮は、各都道府県の「迷惑防止条例」違反として、取り扱われています。
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