「ネットでの匿名のコメントなら、言いっぱなしでも通用するじゃないですか。でも生身だと、相手が目の前にいるわけなので、ひどいことを言うと殴られる可能性もある。だからみんな、覚悟を持って発言しないといけないんです。それに直接会うことで、相手の表情や仕草、においなんかも感じられる。ネットで見る文字や画像、映像での情報だけでなく、五感でより豊かな情報が得られて、相手が実在していると実感できることが（コミュニケーションでは）大事なのかもしれないですね」
加藤さんは実際にあったエピソードを披露してくれた。「2ちゃんねるナイト」というイベントの第2回を開催する際、イベントのスレッドに、前回への不満の書き込みが寄せられた。そこで、ロフトプラスワン創始者の平野悠氏が、2ちゃんねらーたちを挑発する書き込みをしたところ、大炎上。平野氏への襲撃も起こりかねない雰囲気のまま、イベント当日を迎えた。しかし、殴り込み同然に訪れた客たちと、同じ空間で対話をすると、殺伐とした空気は一変したという。
「ネット上ではものすごく炎上して、収拾がつかなくなっていたのが、実際にイベントをすると、不思議と落ち着いたんです。お客さんの2ちゃんねらーたちが、言いたいことをわーっと言って、平野もそれに答えて。最終的に解決はしなかったけれど、何とか着地できたということがありました」
マイノリティーの人々、偏見を持たれがちな人々、日陰で生きる人々にスポットを当てることも、ロフトプラスワンは使命としている。例えばAV監督やAV女優という、一昔前は表舞台に出ることが少なかった人々を、積極的に舞台に上げ続けた。
メンタルヘルスや生きづらさという言葉が一般的でなく、心の病を抱えた人への理解が進んでいないころから、当事者たちがリアルなメッセージを発信していった。多種多様な人が集い、情報発信をすることが、サブカル文化を支えるという信念があるからだ。
現在、『全裸監督』で話題の村西とおる監督や、『テレクラキャノンボール』のカンパニー松尾監督など、AV監督は一般にも知られるようになった。タレントとして活動するAV女優も増えている。さらに、AVの強要問題も社会問題として注目されるように。
生きづらさを抱えた人への理解も進み、社会的なサポートも着実に整備されつつある。すべてではないにせよ、こういった当事者たちに光を当て続けたロフトプラスワンの功績は間違いなく大きいだろう。
いろんな人が思う存分「自己表現」できるように
ロフトプラスワンの原点は、創始者の平野氏が小さな居酒屋で飲んでいたときの体験にある。隣にいた客の生け花の話に聞き入っていると、店主も話に入ってきて、日本の古典文化や祭りの話になった。気づけば、客たちがそれぞれにコミュニケーションを始め、お店全体が一体になっていたという。現在、ロフト系列のトークライブハウスは、新宿のほか渋谷、阿佐ヶ谷、大阪にもある。元スタッフが独立して始めたお店も含めると、さらにその数は増える。
今年、ロフトプラスワンはかつてない苦境に立たされた。新型コロナウイルスの蔓延だ。グループのライブハウスで感染者も発生。世間からのバッシングは大きく、国からもライブハウスは集団感染が起きやすい場所だと名指しされた。営業停止を余儀なくされ、膨大な損失が発生。グループを存続させるため、会社は2億数千万円の借金をしたという。現在はオンラインを中心にイベントを再開している。コロナの収束はまだ見えないが、それでも“リアルな空間”への愛着は強い。
「うちのような場所がほかの街にもたくさんできれば、もっと生きやすい世の中になるんじゃないかな。その土地土地にいっぱいいると思うんです、変わった人とか、何か声を上げたい人とか。そういう人が、思う存分自分のことを表現していけると素敵ですよね」
1人の客としてロフトプラスワンに魅了され、今や社長になった加藤さん。より多くの人々をタブーなき言論空間に巻き込み、楽しさや刺激や発見をみんなで山分けしていこうと企み続けている。
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