島耕作が「人と群れる生き方」避けた納得の理由

「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」

なぜ島耕作は「人と群れる生き方」を嫌ったのか?(写真;東洋経済オンライン編集部)
『課長島耕作』連載スタートから37年。ついに相談役まで上り詰めた島耕作は、なぜ人と群れるのを嫌ったのか? 島耕作の生き方や、同作が作られる過程を作者の弘兼憲史氏が解説。新書『弘兼流 やめる! 生き方』より一部抜粋・再構成してお届けする。

島耕作は有能な組織人ではありますが、徒党を組みません。「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」という言葉を絵にしたようなこのキャラクターも、僕が群れるのを嫌ったことから生まれています。

これは学生時代に形成された精神構造と言えます。僕が早稲田大学に入学したのは1966年の4月。この年に成田で三里塚闘争が始まり、6月末から7月にかけてビートルズが来日しました。

この頃の様子は『学生 島耕作』に描きましたけども、党派や学部を超えた連合体である全共闘運動が広まるのは68年、今でもテレビで、学生運動の象徴的場面として映像が使われる東大安田講堂事件が69年1月、2020年に公開されたドキュメンタリー映画『三島由紀夫vs東大全共闘50年目の真実』が録画されたのは5月ですから、まさに大学闘争の真っただ中という時代だったのです。

「左翼がカッコイイ」とされた時代

今の時代からは考えられない大規模な紛争の映像を見て、当時の大学生のほとんどが学生運動をしていたように思っている人も多いのですが、そんなことはなくて、実際に派手な運動をしていたのはわずかでした。しかし、思想的には8割くらいの学生が心情左翼で、若者の間では左翼がカッコイイとされていた時代だったのです。

何度か誘われて学生運動の集会に参加してみると、あり余るエネルギーを持て余して甘えている若者たちが、群れることを楽しんでいるように僕には見えました。学生に革命なんかできるわけがないし、そもそも革命する必要がどこにあるのかわからなかった。

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