40歳で顔面マヒになった女性が歩む"大胆人生" 耳下腺がんになった看護師が起業し目指すもの

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そう聞いて、彼女の小学校時代のエピソードが思い出された。

「担任の先生から、『好きな芸能人は誰ですか?』と聞かれて、ほかの子は中森明菜とか、シブがき隊とか答えているのに、私が『研ナオコ』と答えると、みんながドッとウケてくれてね、しめしめと1人ほくそ笑む。そんな感じの子どもでしたね、人と違うことを恐れないっていうか」(柴田さん)

荒井さんも浜田さんも東京ディズニーシーでの、“ハンバーガー・チャレンジ”の思い出を共有している。

改めて思い浮かべてみる、かつて食べこぼす姿を見られるのが嫌で、病院の隅で昼食を1人で食べていた柴田さんを。浜田さんと初めて食事をしながらめっちゃ楽しいのに、なぜか涙をこぼした彼女のことも。

「食べる喜びは生きる力になる」

「外食のとき、私は黒系のシャツやブラウスが多いですね。決して着やせして見せるためじゃなくて、食べ物や飲み物をこぼしても、うまくごまかすためです。しかも安いやつね」

柴田さんがそう話しながら、自ら手書きの「あるある!」カードをZoom画面に掲げると、ほかの2人も手書きの同じカードを挙げた。すかさず柴田さんが「『あるある!』、3枚いただきましたぁ〜!」と声を上げ、高らかな笑い声と笑顔が広がった。

猫舌堂のオンラインミーティングの様子(写真:猫舌堂提供)

6月下旬の昼下がり、猫舌堂主催のオンラインのランチミーティング。柴田さん以外に、前出の荒井さんと脳腫瘍(しゅよう)経験者の男女2人。脳腫瘍や脳梗塞でも、顔面神経の一部がマヒして、口が開きづらくなり、食事に支障が出る人がいるという。

脳腫瘍を経験したNさんは、当日の体調によって目が見えづらかったり、口が開きづらかったりすると明かした。

ただ普通に食べること。そのために必要になる膨大な労力と時間、そして気力。社会から取り残されたかのような寄る辺なさが、Zoom上で時おり笑いに変わる。「あるある!」や、「そだね(そうだよね)!」などの手書き文字がおどり、互いに前向きなエネルギーを送り合っていた。

ランチ終了時、Nさんが7割ほど食べたグリーンカレーの皿を少し自慢げに見せながら、「こんなに食べられたの、久しぶりです」と両頬をゆるめた。「食べる喜びは生きる力になる」1時間半だった。

「ビジネス以上に、その人が本来持っている力を引き出すお手伝いができる、そんなカフェをつくることが今後の目標です」

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後日、柴田さんははっきりと言い切った。

がんと共に生きていくこと。その拠点になるカフェではiisazyでおいしい料理を食べられて、心身ともにくつろげるリンパマッサージなども提供するつもりだ。

約24年間の看護師生活から起業家へ、さらに病院ではできないサービスを提供できるカフェ経営者へ。1度きりのいのちで2人分、3人分の人生へ。柴田敦巨、通称あっつんは仲間たちと向かっている。

荒川 龍 ルポライター

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あらかわ りゅう / Ryu Arakawa

1963年、大阪府生まれ。『PRESIDENT Online』『潮』『AERA』などで執筆中。著書『レンタルお姉さん』(東洋経済新報社)は2007年にNHKドラマ『スロースタート』の原案となった。ほかの著書に『自分を生きる働き方』(学芸出版社刊)『抱きしめて看取る理由』(ワニブックスPLUS新書)などがある。

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