習近平はこの厳しい現状を静かに見ていた。世界は習近平がどう対処するかを見守った。現状打破の道は、「法による支配」による政治改革を徹底するか、強い組織とパワーによりねじ伏せるか、2つの道しかない。そして習近平は後者を選んだ。
2012年10月、第18党大会において共産党の総書記に選出された習近平は、王岐山の指揮する共産党規律委員会をテコに、党内にはびこる「大小のトラ」から「ハエ」の類までたたく「腐敗没滅」を強く推し進めた。18党大会から5年の間に、元最高幹部の1人、元政治局常務委員周永康をはじめ、全国で省級以上の幹部が50人以上、5.7万人の各級共産党幹部が処分され、見守った大衆の溜飲を下げた。
「自分を外科手術する」に等しい厳しい改革
腐敗撲滅は共産党の権力集中の「政治改革」でもあった。腐敗撲滅運動をテコに、習近平は複数あった党中央指導小組や中央軍事委員会をはじめ、全国共産党組織の「整風」と組織替えを決行した。
2015年5月、この政治改革の真っただ中、筆者はスタンフォード大のフランシス・フクヤマ、青木昌彦両教授と共に王岐山との会談に臨んだ。その席で王岐山は、今進行している「政治改革」は、共産党自身が「自分を外科手術する」に等しい厳しい改革であることを、シベリアで自分の盲腸手術をした医者の例を挙げ述べていた。それだけ強い変革を決意していたのだろう。
「新時代」の統治方法は、「民族主義+デジタルレーニン主義」だ。「偉大な中華民族の復興」を目指し、共産党のトップダウンにより、AIやデジタル技術を活用し、中国的特色のある社会主義思想と合致する高度管理社会を実現することだ。
その構造は秦から始まり、2000年続いた中央集権、官僚制度に近いが、違いは高度なハイテクと経済力をベースにしていることだ。ただし、すでに私有財産が認められ、人々の意識も大きく変化した中国で、この改革を徹底するのは容易ではない。
対外政策を見た場合、中国は「一帯一路」や習近平の「人類運命共同体」「多国主義」などの「共通価値観」を提唱している。同時に、友好国には手厚い援助を施し、不満な相手には経済的圧力をかける地経学的動きも目立つようになった。しかし、このような対応はあまりうまくいっていない。
コロナ発生以降、西側諸国は中国の価値観や制度の違いを強く意識するようになり、中国と距離感を探る展開になっている。米中関係が規定する地政学、地経学的緊張は、このような不安定な状態を長引かせ、国際政治においては「国際協調」や「価値外交」よりも「バランスオブパワー」に重みが移っている。
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