「新しい家なのだから、家のサイズに合わせて家具も新調したいじゃないですか。今は安くても品質がよくておしゃれな家具がたくさん売っていますしね。ところが彼は、『家具はこれまで使っていたものでいい』という考えでした。
自分がアパートで使っていた、ボロボロの丸いちゃぶ台を新居に運び入れようとしたときには、さすがに反対しました。そのほかの家具も、“売ります、あげます”という地元のサイトで、タダでもらえるものを探していました」
せっかく買った新築マンションの部屋には、中古の家具が置かれ、新婚気分も吹き飛んでしまった。
緊急時代宣言期間中に大げんかが勃発
義太郎は、フリーのカメラマンだった。営業活動を自らしないと仕事は増えていかないのだが、「多くのお金を稼ぐ」という気持ちはもともとなく、「生活できるための最低限のお金があればいい」と思っていたので、週に3日か4日しか働かず、残りの日は家にいて、猫と遊んだり、ボードゲームをしたりしていた。それが自分にとっては、「快適でストレスのない生活だ」というのが自論だった。
「最初はそうやって飄々(ひょうひょう)と生きている彼に魅力を感じていたはずなのに、一緒に暮らすようになると、イライラを感じるようになりました。そして、何より嫌だったのが、私のお金の使い方にいちいち口出しをしてくることでした」
生活費を折半して同額を出し合っていたので、とにかくお金の使い方には細かかった。あるとき、ドレッシングが残り少なくなっていたので、新しいドレッシングを買ってきて冷蔵庫にしまおうとすると、それを見つけた彼が言った。
「まだ使い切っていないのに、なんで新しいのを買ってくるんだよ」
たかがドレッシングのことなのにすごい剣幕でまくし立てるので、驚きながらも伊保子は言った。
「だってもう残り3センチくらいだし、違う味のドレッシングを買って、そのときそのときで違う味も楽しみたいじゃない」
すると義太郎は言った。
「食費は、俺も半分出しているんだから、無駄遣いするな。俺はいろんな味のドレッシングなんて食べたいと思わない」
ドレッシングだけではなかった。いつもスーパーで買っているいちばん安い納豆を、有機大豆の60円高いものにしただけで怒られた。塩や砂糖や醤油などの調味料から肉や魚や野菜の食材に至るまで、いちばん安いものを買うことが当たり前になった。
一緒に暮らしていくうちわかったことなのだが、お金に苦労をして育った義太郎は、お金を無駄に使うことは、「もったいない」という感覚の前に、恐怖を感じているようだった。
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