そして今年に入り、新型コロナウイルスの感染拡大が騒がれるようになり、フリーのカメラマンの義太郎の仕事は、みるみる少なくなっていった。3月後半からは、まったく仕事の依頼がなくなった。
そんな中でも義太郎は焦る様子もなく、毎日家でゴロゴロして、テレビを観たり、ゲームをしたり、猫と遊んだりしながら過ごしていた。
一方で伊保子は、在宅のリモートワークとなり、週に1、2回はテレビ会議があり、忙しく働いていた。その中で、これまでどおり家事を伊保子がこなしていた。
ティッシュを買うのは無駄遣い?
あるとき、伊保子がスーパーに買い出しに行ったら、入荷されたばかりのティッシュを店員が棚に並べていた。緊急事態宣言期間中は、ティッシュやトイレットペーパーの類は品薄だったので、それを買おうとして、すでに数人の客が待機していた。買えるのは、一家に1箱。伊保子も買っていこうと、列に並んだ。買って帰ると、それを見た義太郎が言った。
「まだティッシュは家にストックがあっただろう。なんで買ってきたんだよ。どうしていつも無駄遣いをするんだ!」
仕事がなくなってからというもの、いつも家でゴロゴロしている義太郎にイライラを覚えていた伊保子は、売り言葉に買い言葉で、強い口調で言い返した。
「いつかは使うものなんだから、無駄遣いではないでしょう」
すると、スーパーの袋とティッシュの箱で両手が塞がっていた伊保子の頭を手でピシャリとはたきながら、義太郎が怒鳴った。
「俺の金を1円たりとも無駄に使うことは許さない!」
伊保子は、そのときのことを私にこう話した。
「グーで殴られたわけではないし、大して痛くはなかったんですよ。でも、300円弱のティッシュを買ってきただけで、頭をたたかれる。私の存在価値ってなんなのかなって、すごく見下された気がしたんです。思わず涙がこぼれました」
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