体で覚えた気遣いのタイミング
志の春:でもね、教え方って師匠ごとにいろいろあって、懇切丁寧な人も多いんですよ。「だから、ここのな、声の出し方はな」とか、「ここの目線の置き方はな」とか、すごく細かく教えてくれる人も多い。僕の師匠も僕のおとうと弟子の頃になると、如実に優しくなりました。たぶん師匠も50代になって、親父モードからおじいちゃんモードに入ったんですね。稽古の様子を見ていると、「いいか。ここのな、ご隠居さんはな」とか言って、全然違う(笑)。「オレのときは『落語じゃねえ』の一言だけだったじゃないか」と思いますよ。
塩野:最後のそういう時代に当たっちゃった。
志の春:でも今思うと、それがよかったと思うんですよ。
塩野:自分で考えるようになりますよね。私の商売はコンサルティングですけど、私も部下が企業の分析を出してきたら、「こんなの分析じゃねえ!」といって鍛えようかな(笑)。私のいる業界でも両パターンありますよ。懇切丁寧に「お前、ここのな、パワーポイントのスライドはな、10ポイントで左寄せだろ」と言う人もいれば、「こんなの意味がない」と言って、紙を投げる人もいます。
志の春:そこでどう受け取るかですよね。僕は最初、師匠にあこがれてこの世界に入りましたが、入門してからは師匠がものすごく怖い存在になった。こっちから話かけることもほとんどないし、絶対服従ですし、今だって普通に話なんかできません。いちばんあこがれている人がまったく自分を認めてくれないわけです。最初の3年ぐらいは「もう辞めちまえ」しか言われたことがない。「才能のないやつでも努力すれば、いつかうまくなるなんていうことはない。うまいやつは最初からうまい。それに世間が気づくだけだ」と。
塩野:うわ、きついな、それ。
志の春:「俺はもう長い間、この世界にいるけども、最初は下手だったやつが化けるなんていうのは、まやかしだ。そんなものはない。お前は今、下手だ。ということは、お前がうまくなることはない。だから早く辞めたほうがいい」ってすごく論理的に説得してくれて、でもそこで発憤するものがあった。僕の場合、最初から中途半端に褒められるよりも、「辞めろ」「辞めろ」と言われているほうが、「師匠、10年後を見ていてください」という気持ちになる。
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