「安楽死を認めよ」と叫ぶ人に知ってほしい難題

議論はあっていいが一方向に偏るのは危うい

『死ぬ権利はあるか』の著者が語る(写真:Pornpak Khunatorn/iStock)
ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者に対する嘱託殺人事件をきっかけに、安楽死の是非をめぐる議論が出始めている。「今回のケースは殺人であり、安楽死の議論をすべきではない」という意見がある中、安楽死の是非は以前からの社会的課題だとの声も根強い。昨年春に『死ぬ権利はあるか』(春風社)を出版した有馬斉・横浜市立大学准教授(倫理学)はどう考えているのだろうか。

京都の事件は“安楽死”と地続き

「安楽死について定めた法律は日本にはないので、国内で違法とされている行為のうち、今回のケースがどれに該当するかといえば嘱託殺人なのでしょう。しかし、『安楽死かどうか』はまた別の議論です。一般的な用法に基づいて『致死薬の投与などの積極的関与によって死期を早める行為』が安楽死だと定義すると、今回のケースも”安楽死”だと言えるでしょう。これまでに安楽死という表現で是非が議論されてきたさまざまなケースとも地続きです」

有馬氏はそう言って、論を進めた。

横浜市立大学の有馬斉・准教授(撮影:Frontline Press、取材はZoomで実施)

まず、有馬氏は今回と比較できるケースとして、1990年代にアメリカのミシガン州で起きた事件を例示した。およそ130人を死なせた医師、ジャック・ケヴォーキアンの事件だ。彼は「安楽に自殺するための方法を考案した」と雑誌に公表し、依頼してきた人々に致死薬を処方または投与するなどして、後に逮捕された。

「最も大きな問題は、ケヴォーキアン氏が誰の担当医でもなく、それぞれの依頼者の症状などを十分に理解できる立場になかった点です。京都で起きた今回の嘱託殺人も同じです。逮捕された2人の医師は、カルテなどの医療情報を知る立場になく、亡くなった女性が実際にどんな病状だったのか、どんなサポートを受けてきたのか、そもそも死期が差し迫っていたのかを正確に知ることが難しい立場でした。関係はSNSだけですから、かりに患者本人が事実を伝えていなかったとしても確認できません」

「安楽死に賛成する人々のいちばんの根拠は、本人の自己決定と利益です。しかし、逮捕された医師2人が患者の自己決定にしっかりと寄り添えたのか、患者の最善の利益にかなうやり方だったのかを考えると、どちらも非常に怪しいと思います」

有馬氏は『死ぬ権利はあるか』の中で、容認派、反対派それぞれの意見を検討したうえで、安楽死・尊厳死を法制化することは難しいと結論づけている。そのポイントはどこか。

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