「安楽死を認めよ」と叫ぶ人に知ってほしい難題 議論はあっていいが一方向に偏るのは危うい

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「安楽死の合法化に賛成する人々は『本人が死にたがっているから』あるいは『こんなに苦しんでいるのだから』と主張します。一見、納得できそうな主張かもしれませんが、検討を重ねていくと、危うい部分もある主張だと思います」

どこが危ういのか。

「安楽死の現実的なプロセスを考えてみましょう。本人の自己決定を尊重すると言っても、致死薬の処方・投与の際には医療者の判断が欠かせません。例えば、がん患者が安楽死を求めたとします。この患者がまだ初期のがんで、標準的な治療をまだ終えていないという場合、『それでも本人の意思を尊重しよう』という判断を下す医師はいないと思います」

「認知症の場合はどうでしょうか。認知症の告知を受けた人の中には、とくに最初の頃、落ち込みが激しく、『死にたい』と言う人もいます。しかし、この場合でも医師は『希望通りに死なせてあげよう』とは判断せず、『気分の落ち込みにも付き合いながら治療を考えていこう』となるはずです」

「法制化のリスクは大きい」

いずれにしても、患者の状況は病気の種類や病状、治療法によって個々に違いがある。どんな状態が「安楽死」を容認できる“末期”なのか。これは、純粋に医学的な判断ではありえない。「この病状になったら患者はとてもつらいだろう」という医師の共感に基づく部分がある。共感できた段階で、致死薬投与・処方の“判断”をしていく。その“判断”にこそ、大きな問題が潜んでいるというのが、有馬氏の見立てだ。

「たとえガイドラインを作っても、医療者個人に判断を任せると、必ずばらつきが出ます。現実の医療現場を見ても、こっちの病院はあくまで延命的な治療をする患者が多いけど、あっちの病院では同じ病態であっても延命的な治療を早くに切り上げる患者がもう少し多いなど、そんなばらつきは出てきます。そうなると、安楽死を合法化した場合、本来なら生きていたほうがよかった人を、医療者の“共感”の結果、死なせてしまうケースが出てくるかもしれない。合法化にはそうしたリスクがあるため、私は法制化に反対です」

この状態では生きていてもつらいだろうという医療者の“共感”には、種々の偏見が隠れている恐れもあると、有馬氏は指摘する。例えば、『ALSで寝たきりだと大変だな』と思ってしまうかもしれない。しかし、その“共感”には、ALSなどの機能障害に対してどう思っているのかという価値観が反映されているという。

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