「安楽死を認めよ」と叫ぶ人に知ってほしい難題 議論はあっていいが一方向に偏るのは危うい

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「高齢者や低所得者、身寄りのない人も偏見を受けやすいと思います。医療者が『この患者が家に帰っても誰かのサポートがあるわけじゃない。大変だろうな』『この人は経済的にも大変な状況だろう』と医療者が“共感”すれば、安楽死の実施に傾くかもしれません。あるいは逆に、お金が十分にあり、家族の支えがある場合には『生きたほうがいい』と思うかもしれません。つまり、合法化によって、『幸せそうに見えない』と社会的に思われている人々に死のリスクが偏ってしまう恐れがあるのです」

大事なのはメリットとデメリットの比較

安楽死の合法化を求める意見は多様だ。中には、医療費を抑制するために、安楽死の合法化を主張する人もいる。

「基本的に、臨床の医療者は、個々の患者にどのような治療を施すかを考える際、国全体の医療費を考慮すべきではありません。目の前の患者の自己決定と利益を守るために仕事すべきです。この動機と、国全体の医療費を抑えようという動機は、正面から衝突する場合があります。国の医療費を抑える仕事は、さまざまな医療について医療保険でどこまでカバーするか、どれだけ保険診療点数をつけるかを考える政策レベルの判断(役人)に任せるべきでしょう」

一方、安楽死によって自己決定や本人の利益も守られた、というケースが出てくる可能性も否定しないという。

「死ぬことを考えてはいけない、生きることを前提に議論にしたほうがいい――。そういう意見もありますが、『患者本人にとって死ぬことがベスト』という事例を100パーセントない、と言い切ることはできないかもしれません」

有馬氏はつまり、「安楽死を合法化しなければ何の問題も起きない」という考え方も誤りだ、と指摘している。大事なのは、メリットとデメリットを比較することだと言うのだ。

「合法化をするにしても、しないにしてもデメリットはあります。比較の問題なので、全員が納得する答えは、もしかしたら見つからないかもしれません。倫理の問題では、こういうことがよくあると思います。倫理学の講義で学生の感想を集めると、『答えが出ない問題を考えて何の意味があるのか』という言葉が、毎年のように出てきます。それでも倫理については考え続ける必要はあります」

「例えば今のパンデミックの状況で、各国がいろんな政策を出し、次々と『間違っていた』と批判されています。喫緊の課題であるならば、ベストか否かがわからない状況でも答えを出さなければならない。下した判断に間違いがあれば、批判されますし、批判すべきです。しかし、『答えが出ない課題だから考える必要はない』という考えがいちばん間違っている。安楽死の問題も、議論を続けていくべきだと思います」

取材:笹島 康仁=フロントラインプレス(Frontline Press)

Frontline Press

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「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年5月に合同会社を設立して正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や研究者ら約40人が参加。スマートニュース社の子会社「スローニュース」による調査報道支援プログラムの第1号に選定(2019年)、東洋経済「オンラインアワード2020」の「ソーシャルインパクト賞」を受賞(2020年)。公式HP https://frontlinepress.jp

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