ナイキとスターバックスを育てた影のヒーロー
1990年、私が電通の営業としてナイキ・ジャパンを担当していた時に知り合ったのが、オレゴン州ポートランドのナイキ本社でDirector of Advertisingの要職にあったスコット・ベドバリー氏でした。「Just Do It!」キャンペーンで世界中にナイキブームを巻き起こした彼は、1994年、キャリアの絶頂でナイキを辞めてしまいます。その後しばらくして、風のうわさで彼が名も知れぬ小さなコーヒー会社に入ったと聞きました。それがスターバックスだと知ったのはさらに後のことでした。
ベドバリー氏は1998年にスターバックスを離れてブランドコンサルタントとなり、2002年に『A New Brand World』という本を書きます。アメリカでの出版直後、彼は私にこの本を日本でPRして欲しいと、数十冊を送ってきました(もっとも、私がPRするまでもなく、ほどなく講談社から訳書『なぜみんなスターバックスに行きたがるのか』が出ましたが)。
ナイキとスターバックスと言えば、20世紀のアメリカが生んだグローバルブランドの2大成功事例です。ナイキのフィル・ナイト、スターバックスのハワード・シュルツというカリスマ経営者の知恵袋としてブランド構築やマーケティング戦略を任されていた男の書くものには、ブランド創りの秘密が満載に違いありません。私は、日本の誰よりも早くそれを知ることができると、ほくそえみながら読み進めました。
ところが、もともと広告代理店出身でクリエーティブ志向の強いベドバリー氏の文章は、理論的というよりは修辞的で、「ブランドは分析よりも直観、考えるより感じるもの」というスタンス。簡単には成功の秘訣を読み取らせてくれません。そんな中、私がこれこそブランド創りの極意かと勝手に感じた一文が、 “With each new product, service, or marketing campaign the brand is refreshed and recharged.” (新しい製品やサービスやマーケティング施策を打ち出すたびに、ブランドは刷新され充電されるのだ) でした。
事実、私がナイキを担当していた時、ベドバリー氏の口癖だったのが、「日本でまだ誰もやったことのないやり方を考えてくれ」でした。1991年当時前例のなかった、日本語抜きで音声は英語の楽曲のみの企業イメージCM放映、オール30秒スポットのキャンペーン、60秒長尺CMのスポット出稿など、彼が突きつける無理難題に各方面の協力を仰ぎながら必死に応えた日々を思い出します。製品でも売り方でも広告クリエーティブでも、常に自己革新し続けることは、ナイキブランドのDNAです。あまりにも新しすぎてやってみたら失敗に終わった試みもありますが、その攻撃的な姿勢がブランドの魅力になっているのだと思います。
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