死をタブー視しすぎる日本人の考えにモノ申す 「死を受け入れる」とは一体どういうことなのか

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これからの社会で死は、どんな姿を現すのでしょうか。養老孟司氏(左)と小堀鷗一郎氏(右)の対談の一部をお届けします(撮影:徳永彩 <KiKi inc.>)
3000体の死体を観察してきた解剖学者の養老孟司氏と、400人以上を看取ってきた訪問診療医の小堀鷗一郎氏。これからの社会で死は、どんな姿を現すのか。2人の対談をまとめた『死を受け入れること 生と死をめぐる対話』より、一部を抜粋・編集してお届けする。

「死」をタブー視する現代

小堀 鷗一郎(以下、小堀):医療の現場で、初めて死に直面した時も動揺することはありませんでした。もともと東大には、他の病院で手に負えないような難しい患者が来ます。外科医は、その人の食道がどういう形をしているか、手術がやりにくいかやりやすいか、そういう目で観察する必要があります。僕はずっとそういう世界に生きてきました。

でもここ15年は手術をしなくなって、終末期医療の現場に入って、一人ひとりの感じ方、家族関係や経済状況などいろんなことを考えるようになったんです。

養老 孟司(以下、養老):僕は解剖で、遺体を引き取りに病院の霊安室に通うのが仕事でしたから、お医者さんが死んだ患者さんに対して冷たいというのは、よくわかるんです。病院にとって霊安室は具合の悪い場所で、死んだ人は裏切り者としてそこに置かれていると感じていました。

いちばん印象に残っているのは、関東のある病院で、大晦日に亡くなられた身寄りのない患者さんの遺体を、元旦に引き取りに来てくれ、と言われて行ったんです。

屋上に霊安室があって、そこに1人で行かされて、遺体を棺に入れて、屋上から4階へ降りて、そこからエレベーターで1階に降りて、出ようとしたら、婦長さんが必死で走ってきて、元旦に病院の正面玄関から死んだ人が出ていったら具合が悪いでしょうと言うんです。

「どうすればいいんですか?」と聞いたら、4階に戻って、非常階段があるからそこから降りてほしいと言われました。棺を担いで非常階段を降りるってそんなにたやすくできることではありません。死んだら最後、裏切り者だとよくわかりました。

小堀:死は忌むべきものであるということですね。今の仕事を始めてから知ったのですが、借家の場合、自宅で死なれるのを嫌がる家主もいます。死ぬ時は病院に行ってほしいと。

養老:そうです。今は、「死」が当たり前ではなくて異常なこととして扱われるから、かえって常識がわからなくなっています。日本では、死んだら人間ではなくなるんです。

小堀:「死」をタブーと考えるからですね。

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