キャスティングや撮影、編集作業はもとより、これまで経験のなかったPRや複雑な権利処理の社内体制を構築し、系列局からノウハウを教わった。さらに、関係者を集めて集中合宿を行ってドラマ作りの手法を一から吸収していった。共同制作パートナーのホリプロの存在も「東京並み」に仕上げていくのに欠かせなかった。
寺村社長は社員に向けて「10年かかってもいいから、(投資額を)回収してほしい」と呼びかけている。地元でスポンサーを集め、タイム、スポット収入で売り上げを立てるという従来のビジネスモデルから脱却を図るための第一歩として捉えているからだ。
コンテンツビジネスは、ドラマの見逃し配信による全国展開を始めたばかりだが、今後、全方位でリーチを広げていく計画をロングスパンで立てている。寺村社長も「今いる社員が10年後にやって良かったと思えたら成功なのかもしれない」とあくまでもブレない。
そうした思いを受けて、統括の榎木田アナウンサーをはじめとした20~50代までの現場社員で構成されるプロジェクトチームのメンバーからは「テレビ局を本当に斜陽産業にしてしまうかどうかは、自分たちの気づき次第」という声が聞こえてくる。また、動き出したセールス部隊によって、想像以上に速いスピードで資金回収されている。思いをかたちにできる日は早まりそうだ。
コンテンツビジネスの拡充は地元貢献にも
こうしたローカル局の挑戦は、地元経済への還元にもつながる可能性を秘める。視聴環境が激変し、放送局の地域メディアとしてのあり方が問われているなか、地域に対する貢献の仕方をいま一度考え直す時期にある。今回の取り組みは、動画配信によって全国に宮崎の姿を知ってもらえるいい機会にもなっている。
宮崎の場合、民放局はドラマの中でも「表と裏」と表現されるように、テレビ宮崎と宮崎放送の2局のみしかない。他の地域と比べると、競争過多にはなっていないため、その余力を使って50年先のテレビ局や地域を見据えたドラマの取り組みができたともいえる。
しかし、そんな事情とは無縁の本編は「てげてげでいっちゃが」とばかりに明るさ溢れる。これはこのドラマの独創性と本質を表すものでもあり、実はこだわったのは「東京並み」ではなく、宮崎色のスタンダードだったのかもしれない。
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