「刑事ドラマ」歴代の名作が映し出す社会の変化 テレビドラマ史におけるジャンルの確立と発展

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例えば、85年から86年にかけて日本テレビ「火曜サスペンス劇場」には、「女検事」(桃井かおり)、「女弁護士」(眞野あずさ)、「女監察医」(浜木綿子)をそれぞれ主人公とするシリーズがスタートしている。揃って女性が主人公になっているのは、当時男女雇用機会均等法が成立・施行されようとしていたタイミングということがあった(大野茂『2時間ドラマ40年の軌跡』東京ニュース通信社、129頁)。

また映画のノウハウの継承という意味でも、2時間ドラマは少なからぬ役割を果たした。石原プロモーションが「西部警察」のようなスケール満点のアクションもので映画的娯楽性を持ち込んだとすれば、こちらは監督をはじめとする映画出身のスタッフたちの職人芸が活かされた。早撮りなど培われた熟練の技は、作品の量産にとっても欠かせないものだった。

同じく、徹底した娯楽主義の流れのなかで人気を博したのが、バディものである。漫才ブームで始まりバブル景気で終わった80年代特有の遊び気分のなかで、バディものは掛け合いの妙を発揮できる利点も加わって、人気ジャンルとなった。

国広富之と松崎しげるが主役のTBS「噂の刑事トミーとマツ」(79年放送開始)も人気だったが、86年にスタートした日本テレビ「あぶない刑事」がやはりその代表だろう。

舘ひろし演じる鷹山敏樹(タカ)と柴田恭兵演じる大下勇次(ユージ)の型破りな刑事ふたりがバディ。タカがクールで、ユージが人情に厚いといったバディものの基本をちゃんと押さえつつも、会話は常におしゃれで軽妙。もっと言えば、チャラい。そこに同僚の浅野温子演じる真山薫(カオル)が絡んで、80年代のノリそのままにお遊びの要素をふんだんに盛り込んだ作風で人気シリーズへと成長した。

警察ドラマ「踊る大捜査線」の誕生

ところが、90年代の刑事ドラマは、一転してシリアスな雰囲気をまとい始める。そこには平成に入った日本社会の状況を反映した側面もあっただろう。バブル崩壊後の停滞感のなかで起こった95年の阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件は、社会の根幹を揺るがすと同時に、私たちを言い知れぬ不安に陥れた。

同じ95年に放送されたのが、フジテレビ「沙粧妙子―最後の事件―」である。主演の浅野温子演じる沙粧妙子は警視庁捜査一課の刑事。同僚の松岡優起夫(柳葉敏郎)とともに連続猟奇殺人事件の捜査にあたっている。そして一連の事件の背後に、妙子はかつての科学捜査研究所プロファイリングチームの同僚かつ恋人であり、今は快楽殺人犯として行方をくらましている梶浦圭吾(升毅)の存在を感じ取るようになる。

連続殺人の謎解きを物語のベースに、バディもの、科学捜査(プロファイリング)など、現在の刑事ドラマにも欠かせない要素が盛り込まれた作品だが、さらに注目したいのは主人公の沙粧妙子の苦悩ぶりである。彼女はプロファイラーとして犯罪者と接するなかで、自らも犯罪者になってしまった元同僚の恋人への思いを断ち切ることができず、精神的に追い詰められていく。「あぶない刑事」で同じ浅野温子が演じた陽性の役柄とはあまりに対照的な役柄が、80年代と90年代の間に起こった刑事ドラマの歴史的な転換を感じさせる。

こうした刑事の人間的苦悩は、やがて組織人としての苦悩という形をとることになる。刑事は「正義のヒーロー」ではなく、警察という組織に所属するいち組織人に過ぎず、一般企業と変わらない上司と部下の関係がある。さらには、警察という公権力を担う特別な組織の一員ならではの悩みや苦しみもある。そこには、既存の刑事ドラマが描いてこなかった新たなドラマの可能性があった。「警察」ドラマの誕生である。

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