コロナ後に「ニューディール政策」復活の可能性 岩井克人「新古典派経済学」超克の野望、再び

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ソローの誘いを断り、新古典派の重要課題に博士論文で一旦の結論を出した岩井氏は、以降、ケインズ経済学の研究に突き進む。

新古典派が称賛する博士論文、そして宇沢弘文の背中

岩井氏はMITを卒した後、 自身の論文を高く評価され、エール大学の助教授に着任するが、その前の1年間、カリフォルニア大学バークレー校に研究員として赴いている。

そこは数理経済学の牙城であり、経済成長理論を数学的に拡張することを求められながらも、ケインズ経済学の研究に没頭し、後の『不均衡動学』につながるアイデアを得ている。また、高名な理論経済学者ジョージ・アカロフとも交流を持った。

エール大学では、由緒あるコウルズ研究所に所属する。そこで数理経済学者クープマンスとともに研究所の二枚看板であるマクロ経済学者のジェームズ・トービンに出会う。

トービンは当初、数学か法律を学ぶつもりであったが、ケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』を読んだことがきっかけで経済学に進んだという経緯もあり、岩井氏にとっては得難い理解者となる。

岩井氏は、クープマンスの期待を感じつつ、数理的な手法を磨きながらも、マクロ経済学に研究の軸足を移していく。まずはMITで書いた3本目の論文をマクロ経済学に拡張することに挑む。

「見えざる手を見る」作業、つまりミクロ的な経済主体の振る舞いのメカニズムから、マクロ経済的な現象を説明する(マクロ経済学のミクロ的基礎づけ)作業に着手する。

その過程において、当初の楽観的な見方から転換を余儀なくされる。3本目の論文では、新古典派の「神の見えざる手」がはらむ論理的な矛盾点を、現実的な前提を据え直すことによって、価格が均衡するメカニズムを新古典派経済学の範疇で示しえたが、それはミクロ経済学のなかでの話である。

しばらくして、岩井氏はミクロ的な価格決定メカニズムの説明がマクロ経済の場合ではそのままでは使えないことに気づく。「奇妙だ、矛盾だ」そう思い続けて悩んだ末、マクロ経済の場合は「合成の誤謬」(ミクロで成立することは必ずしもマクロで成立しない)が存在し、さらにそれは内生的かつ不可避であるという結論に達する。

個々の平均価格予想(平均価格は「個々(ミクロ)」が「全体(マクロ)」を予想することに相当)は、総需要と総供給が一致している場合以外は、予想の誤りを必然的に生み出す――

つまり、個々が合理的な振る舞いをしても、(特殊な例外を除いて)予想の誤りが必然的に起こるため、理想的な価格に均衡しえない――。

こうして、マクロ経済においては、「神の見えざる手」は一般的な意味では存在しないことを、厳密な新古典派経済学の手続きによって否定的に論証してしまう。

「主流派経済学を理解して、主流派の理論を内部から、より厳密に追求していくうちに、その矛盾点を次々と見いだすようになり、次第に主流派経済学に疑問を感じるようになったのです。主流派の教えと矛盾した結果を導いたとき、最初は自身の理論化が誤っているのかと悩みました。3、4年におよぶ長い逡巡の末に、「矛盾こそが真実だ」と発想の転換をしたことを、今でもはっきりと覚えています」(国際基督教大学HPでのインタビュー

「初めから異端を志したのではない」岩井氏ではあるが、「若さの気負いもあって」主流派経済学をひっくり返す仕事をしようと決める。それがエール大学のコウルズ研究所において7年の歳月をかけた『不均衡動学』の構築につながる。

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