「データ入力、大儀であった」「ははっ、恐悦至極!」
Tさんはとにかく退屈が大嫌い。地味な仕事を無理やりにエンターテインメント化する力業がすごかった。
たとえば、突然「今日はミュージカルモードな」と言い出す。このモードが発令されたら、業務上の連絡もいちいち即興のメロディをつけて、ミュージカル風に伝えなければいけない。
「このテロップは~、間違ってはいませんか~♪」
「今週は~、特番だからそれでいいのです~♪」
といった具合に。
時代劇モードが発令されたら、
「データ入力、大儀であった」
「ははっ、恐悦至極に存じます!」
とか言いながら仕事をする羽目になる。初めは戸惑ったが、僕もだんだん楽しくなってきて、「なるほど、本当にディズニーランドだ」と納得するようになっていった。
念のため言っておくが、緩い職場でただふざけていたのではない。その職場の仕事は確かに地味で単調ではあったが、小さなミスが放送事故に直結してしまうという極めて責任の重いものだった。時折、非日常的なモードが導入されることで、集中力を維持し、また上下関係にとらわれずに相手がミスしそうな部分にツッコミを入れることもできた。そして何よりも、毎朝起きて会社に行くのが楽しみだった。
Tさんから学んだのは、「どんなにつまらない仕事でも、やり方次第で楽しくやれる」という思想、そしてそんな雰囲気を作ることができるリーダーの重要性だ。
組織の中では、必ずしも希望どおりの部署に行けるとは限らないし、やりたい仕事ができるとも限らない。僕自身も本当にやりたい番組を作れるようになるまでに10年近くかかった。しかし、Tさんのおかげでどの職場でもつねにそれなりの楽しみ方を見つけながら仕事することができた。番組のプロデューサーとしてチームを率いる立場となった現在、僕も彼のようなリーダーでありたいと思っている。
うん、明日は久しぶりに時代劇モードでも発令してみよう。
構成:宮崎智之
【「週刊東洋経済」2014/3/22号(ビジネスマンのための最強のホテル)】
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