直感型の天才が打算と地味な努力にこだわる訳 起業家4人が本音で語る「日本のサードドア」
ただ、それまでは中華料理店でバイトする普通の大学生でしたし、これは普通ならとても手に入らないような大変な金額です。「世界を変える技術やアイデアなんて自分にはないし……」というところからのスタートでした。
そこでまずは友達を通じて技術のある人を探しました。チームメンバーが必要だと。そのときに出会ったのが今の共同創業者でもあります。
「未踏」への応募書類ひとつとっても、自分たちでは良し悪しが判断できませんから、過去に「未踏」に受かった人にお話を伺ったり、書類を見ていただいてフィードバックをお願いしたり、面接指導をしていただいたり、本当に毎日試行錯誤しました。
近藤:そして「未踏」の助成金を得て、1社目はミクシィに売却されましたね。どういった経緯で?
平野: 私たちの事業はSNS向けのAIでしたので、ミクシィに使ってもらえたらいいなと思っていたのですが、当時は学生ですし、つてもありません。そんなとき、ミクシィ現会長の笠原健治さんが、たまたま大学に講演にいらっしゃったのです。
「これだ!」と思い、講演が終わってお帰りになる笠原さんに「ちょっと待ってくださーい!」とお声がけして駆け寄って、「御社との協業提案」などと題した提案書をお渡ししました。
そんな経験から、『サードドア』の中で、アレックスが成功者を追いかける数々のくだりを読んで、懐かしく思いました。私もアレックスと同じく、真正面から挑んでも入れない、裏道を探して入るしかないと思っていましたから。
日本にも助けが必要な若者が大勢いる
近藤:ありがとうございます。「ペイミー」の後藤さんは、給与即日払いという金融ど真ん中のサービスを手がけておられますが、ご自身もご両親も、金融業界の出身ではありませんよね。最初から金融を目指しておられたのですか?
後藤道輝(以下、後藤):いえ、最初は医者か消防士か弁護士になろうと考えていました。
『サードドア』の主人公アレックスは、両親から医者になれと言われて育ちますが、私は両親が消防士と看護師だったので、その背中を見て、人助けができる人間になりたいと思っていました。
私は語学が得意だったので、大学では開発経済を専攻し、ボランティアとして東南アジアへ研修に行きました。
そのときに「カンボジアで井戸を1つ掘るより、2000億円をファイナンスしてダムをつくる事業をするほうが、持続可能性の高い人助けができるのではないか」と考え、投資家を目指すようになったのです。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら