恐怖の伝染病「ペスト」はこうして始まった 話題の小説の冒頭部分を一部公開(後編)
世界を震撼させている新型コロナウイルス。3月11日には、感染者数が1万5000人を超えているイタリアが全土移動制限に踏み切ったほか、同じく感染者数が増えているアメリカは欧州連合(EU)諸国からの入国を停止する措置を講じるなど影響は広がり続けている。
こうした中、イタリアやフランス、イギリスなど多くの国でベストセラーになっているのが、1947年に発表された『ペスト』(宮崎嶺雄:訳)である。フランスのノーベル文学賞作家、アルベール・カミュが書いた同作品は、高い致死率を持つ伝染病ペストの発生が確認されたオラン市が舞台。感染拡大を防ぐため封鎖された街の中で、直面する「死」の恐怖や愛する人との別れ、見えない敵と闘う市民の姿が描かれている。
対応に後れを取り続ける行政や、デマ情報に攪乱される市民――。『ペスト』は70年前に刊行された作品にもかかわらず、新型コロナウイルスをめぐる現状とおそろしく重なり合う。そこで本稿では、前編に続き、『ペスト』本文より、街にペスト流行の前兆が表れた冒頭の一部を掲載する。
どんどん増えていく鼠の死骸
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この18日の日から、工場や倉庫は事実幾百という鼠の死骸を吐き出したのである。ある場合など、断末魔の長すぎるやつは手をくだして殺すことを余儀なくされた。しかも、外郭地区から市の中心に至るまで、およそ医師リウーの通りかかるところ、市民の集まるところには、至るところ山をなして芥箱(ごみばこ)の中に、もしくは長い列をなして溝の中に、鼠が待ち受けていた。
夕刊紙はさっそくこの日から事件をとりあげて、市庁は果して動き出すつもりかどうか、また、この不快な襲来から治下の市民を守るために果していかなる緊急措置を検討したかを問題にした。市庁はまだ何をするつもりもなく、なんら検討もしていなかったが、そのかわり、まず会議に集まって評定することから始めた。毎朝、明けがたに、死んだ鼠を拾集するよう鼠害対策課に命令が発せられた。拾集が終ると、課の車2台がその鼠を塵埃焼却場へ運んで焼き捨てることになっていた。
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