そんな矢先に、清美の母が庭で転んで足の付け根を骨折し、入院をした。3週間くらいで退院できたものの、その後の経過観察の診療やリハビリで彼女が母親を病院に連れて行ったり、家のことを代わりにやったりしていたので、週末は忙しく、ここ2カ月はまったく会うことができなくなった。
「入院したときにお見舞いに行こうかとも思ったのですが、体調のよくないときは人に会うのも嫌だろうし、『お付き合いさせていただいている者です』と姿を現したら、かえって驚かせてしまう。ならば退院してからごあいさつに伺おうと思っていたら、ここのところのコロナウイルス騒ぎ。免疫力の低下しているお年寄りのところに行くのはいかがなものかと、自粛しました」
また、この2カ月間、まったく会うことなく過ごしてみると、あれこれと将来のことを考える時間もできて、「お互いに年老いた親を抱えているのに、本当に結婚ができるのか」とも思うようになった。
そもそも彼女が、年老いた母を1人残して、外に嫁に出られるのか。
「結婚して彼女の実家の近くに新居を構えるとなると、今自転車で5分の通勤時間が、車で1時間半かかるようになる。さらに、ウチにも年老いた両親がいる。父親はここ1年くらい透析を受けているし、母親は、今元気だけれど79歳なので、これから先、何があるかわからない。僕は1人っ子なので、親をみるのは僕しかいないし」
中高年の結婚は、親の介護が頭をよぎる
そして、2カ月ぶりに会って2人で食事をした。そのとき、清美はとても疲れた顔をしていた。
「顔がげっそりとしていました。この2カ月間、休みの日にまったく自分の時間が持てなかったと言っていました。さらに、病院から退院後に、お母さんの物忘れがひどくなり、つじつまの合わないことを言うようにもなったというんですね」
母親の状態をひとしきり話した後、清美はげんなりとした口調で言ったそうだ。
「このまま老いていく母を見捨てるわけにはいかない。そう考える一方で、もう私は母の介護をしながら年を取って、人生を終えていくのかと思うと、目の前が真っ暗になってしまうの」
昭夫は初めて弱音を吐く清美を見た気がした。
「僕が彼女をいいなと思っていた理由の1つが、愚痴が少ない人だったからなんですね。相談所で活動をしていたとき、お付き合いしていた女性は、親しくなると、会社の人間関係や仕事の愚痴をこぼす人がとても多かった」
これは、昭夫だけでなく、ほかの男性会員からもよく聞く話だ。30代も半ばを過ぎると会社では中堅で、重要な仕事を任されるようになる。また既婚女性と独身とでは、時間が自由になる独身に面倒な仕事のしわ寄せがどうしても来るようになる。
「女性たちに愚痴られても、僕は“ふんふん”と聞くしかできない。会社の人間関係はわからないし、『そうか、大変だね』としか言えない。ただ“結婚して、こっちも疲れて帰ってきたのに、こんな愚痴ばかり聞かされたら嫌だなぁ”と、たびたび思っていたんですよ」
愚痴を言わない明るかった清美が、2カ月で変わってしまったような気がした。
ここまで話すと、昭夫は私に言った。
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