「3.11」はダメ夫と家族をどのように変えたのか 「津波ごっこ」をする、親を失った子どもたち

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震災後はライフラインがすべてストップしてしまいましたので、筆者自身が宮城県大崎市にいる家族と連絡が取れたのは4月に入ってからでした。海沿いの街は壊滅状態でしたので、石巻の友人らの安否は、Googleが提供していたアプリケーションで同級生や親戚、友人らの会社の方々とネットワークを張りながら3カ月かかってようやく確認。

とにかく皆が必死で少しでも救われた命をと、血眼になって探した思い出があります。家族の声が聞けたとき、海辺の友人が生きていることを知ったとき、そして、友人らの亡骸が見つかったと知ったときには何日も目を腫らせたものです。

内陸地でも、農家を営んでいる友人の中には、家屋が壊れ、しばらくの間親子3世代で、野菜を育てていたビニールハウスで生活を送っていたという家族も珍しくありませんでした。

いまだ避難生活、そして、心的外傷から抜け切れない方々も非常に多いです。想像を絶する大きな傷の深い出来事だっただけに、そう簡単に払拭できるものではありません。筆者自身も、いまだにこの時期ばかりはナーバスになります。

津波ごっこをする、両親を失った子どもたち

津波で両親を失った震災孤児は244人、両親のどちらかを失った震災遺児は1538人にも上りました。親戚を頼った子どもたち、児童養護施設生活になった子どもたち、これから生きていくための環境が変わった子どもたちは、各自治体の学校へ数人ずつに分かれ、多くの子どもが保健室登校からスタート。当時筆者の母も養護教諭のOBとして、「心のケア」で3カ月ごとに各学校をまわっていました。

戦後の子どもたちが戦争ごっこをしながら少しずつストレスを脱ぎ捨てていったように、津波を経験した子どもたちも、保健室で津波ごっこをよくしていたと言っていました。

「子どもたちみんな口数が少なくて、かといって泣きわめくとかもないんだよね。誰かと会話するというより、ずっと津波ごっこばっかりしてるんだけどさ……」と母から連絡をもらったときには「よっぽどのことだし、まだ涙が出たり、わめき散らせるほど心がほぐれてないんだね。ごっこ遊び、しばらくさせてあげて見守ってたほうがいいね」と会話を交わしました。

この「ごっこ遊び」というのは、子どものストレスケアには非常に効果を発揮します。

例えば、「おままごと」もそうです。子どもというのは、大人が思っている以上にストレスが大きいです。認知が育っていないため、自分の頭の中では整理できずにいますが、そんなときに、おままごとやごっこ遊びを通して、普段親や周りの大人に言われていることをまねして発散することにより、ストレスから体と心を守るのです。

ですので、大きなショックを経験をした子どもたちにとって、戦争ごっこや津波ごっこは身を守るために重要な役割を果たすのです。筆者の姪っ子や甥っ子たちも、地震ごっこを一時期やっていました。

子どもたちはもちろん、大人も含め、その土地に生きるすべての人たちの生活を丸ごと変えてしまったのがこの3.11でした。

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