白石一文「人生は失敗」と語る天才に見える境地 直木賞作家が振り返る「文春、出世、心の病、女」

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「自分が何してきたんだろうって。歳取ってきて、もう1つの自分になんてなれない、生き直せないということに、信じられないけど還暦近くなって気づくわけですよ」。この人生しかないのかと我が身を鏡に映してみると、なりたかったはずの作家になってから、気づけばもう20年も経っていた。

「絶対なれないんじゃないかと思ってるから面白かったんだけど、なれちゃったわけです、ちょっと遅かったけど。挙げ句20年も惰性で書いてきてる。ボクシングで言うとどんな粗末なチャンピオンベルトでもいいから巻いて、ずっと防衛してるわけですよね」。

小説家になるために、小説を書き続けるために、1日1日を楽しむということをハナから馬鹿にしてきた自分がいた。

「つまり自分は、みんなが喜べる喜び方で喜ぶような単純な人間じゃないと。ところがこの歳になって思うのは、あっちのほうが楽しかったんじゃないかということです。みんなで楽しくハイキングだトレッキングだなんて、そういうのを心から馬鹿にしてる僕はですね、傾斜角35度以上みたいな勾配をひたすら登るわけですよ。何を見るかっていうと、足元しか見てないわけだよ」

『君がいないと小説は書けない』は白石作品の大きな特徴である「記憶」「生と死」「男女間の愛」に関してはまさに集大成とも言えるほどの論理展開がなされている(撮影:今井 康一)

「マジで思うんだよ、めちゃめちゃ大変な勘違いをね、人生でしてきたのではないかなと」。白石はふっと息をついた。天才編集者と呼ばれ、国内文芸の最高峰である直木賞まで取った作家がこういう人生哲学へとたどり着いたことに薄く戦慄を覚え、圧倒される。

「これをアドバイスしても絶対誰一人として聞かないけど、どうしても自分がこれをやりたいなんてことにあまり目を奪われないほうがいい。絶対奪われるけど。『俺さ、なんにもやれてることないんだよね』とか言う人のほうが、結構幸せになる目を持ってるね」

ひょっとして私たちは、努力の仕方や方向を間違っているのではないだろうか?

女房の顔を見て「ああきれいだなあ」って思う幸せ

いま、白石の趣味は「奧さんとの間で楽しく暮らすこと」なのだという。以前の結婚は失敗した。だが正式に離婚は成立していない。「結婚を重大視していなかった。人生をここまで大ごとにしてしまうとは知らなかったんですよね。はじめの結婚生活では、病気になったこともあって豊かな人間関係はできなかったから、そういう人間関係を築きたいと思ったんですよ」

15ほども年下の、美しい人なのだそうだ。「女房と付き合い始めたとき、この人とは仲良くしようと。そうすると僕の場合、子どもがいらない。子どもがいると、妻と夫で1対1の関係になれないからです。子どもって、自分に似ているもんだから狡猾なくらい異様に可愛いものでしょう。前と同じようには奥さんと向き合えなくなって、関係が希薄になっていく。だからこの奥さんとは子どもを作らないで仲良くしていこう、と」

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