「あのとき腫れもの扱いされなかったから、僕も『病気を言い訳にせず、ちゃんと仕事をしよう』という基本姿勢を持つことができました。ある意味、当時の上司のおかげだと思います」(金澤さん)
ここで新たな疑問が湧く。なぜ、金澤さんの当時の上司は「待っているから必ず戻ってこい」と、断言できたのだろうか。
がんと出産経験者への対応は同じという視点
その疑問を解くヒントは、今回のイベントに金澤さんと登壇した、彼の現上司である春野直之さんの言葉にある。
「がんに限らず病気治療中の社員と、子育て中の社員への対応はほとんど同じです。『妊娠して育児休暇に入る時期がある人』と、『がんになって、この時期は入院治療が必要で、あとは通院治療で大丈夫という人』は、休みの予定が事前にわかる点というで、近しいものがありますから」
しかも、産休明けの社員は子どもの発熱やケガで、突発的な対応を迫られる。がん経験者も同様に、復職後に平日の定期検診や、急な体調不良に直面するなど共通点が多い。
企業の採用支援が主要業務である金澤さんの場合、定期検診や急な体調不良で休むときに、取引先にどう対応するかがいちばんの課題。同僚の誰かに代理対応をお願いする必要があるためだ。
「現在は服用する薬はなく、定期検診だけです。それでも、疲れがたまりやすい月末などに、強い倦怠感を覚えることもあります。体調不良で無理がきかないと思ったときには、上司に率直に伝えるようにしています。先日も会社の休憩室で、90分ほど休ませてもらいました」(金澤さん)
休む日程が事前にわかる場合は自分で調整できるが、突発的な場合は2つのパターンがあるという。「短期型」と「長期型」だ。
「短期型は、休む(かもしれない)期間が1日から数日間のもので、同じ部署の人間が代理で取引先に対応してくれます。もしも、この間に成約があっても、臨時で対応した社員に売上の数字はつきません。
その代わり日頃、代理対応をしてくれている同僚が、平日に有給を取得する際は、私が彼の取引先に対応することもあります。ですから社内では『お互いさま』という認識ですね」(金澤さん)
長期型は、目安として1カ月以上の休職への代理対応だ。
「その場合、休職する社員の業務を小分けにして、複数社員で分担します。その間に成約した場合、売上数字は代理対応した社員たちに付きます。成約可能性が高い顧客を引き継ぐことが多いので、代理対応をする社員にメリットが生まれます」(金澤さん)
これなら女性も出産後に復職しやすく、がんが見つかっても、治療しながら働くイメージを、若手社員も共有しやすいはずだ。
上司の春野さんはイベント時にこう補足していた。
「語弊を恐れずに言うと、私はがん患者という前提で、金澤と会話したことがないんです。ほかの社員にも特別な対応はさせていません。1人が休めば誰かが代わりに、その仕事をやるのが当たり前という社風があり、それは当社にワーキングマザーが多いこととも関係していると思います」
また、金澤さんは復職後、従来のプレーイングマネージャーか、役職なしのプレーヤーとして戻るのかを、会社側から意思確認されている。彼は体力面での不安や、家族と過ごす時間も確保したいという理由で、役職なしのプレーヤーとしての復職を自ら決めた。
仕事と治療を両立するうえで2種類の代理対応があり、復職前に働き方について、本人の意思を尊重する社風があること。記事冒頭、当時の上司が金澤さんに「待っているから必ず戻ってこい」と、即答できた理由がそこにある。
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