ポランスキーを貶(おとし)めたアメリカの民主主義--イアン・ブルマ 米バード大学教授/ジャーナリスト

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 9月26日、スイスの司法当局が、著名な映画監督ロマン・ポランスキーを30年前の罪状で逮捕した。彼は1977年にロサンゼルスで13歳の少女を強姦した容疑で逮捕され、罪状を認めていた。だが裁判を担当した故ローレンス・J・リッテンバンド判事が、42日間、刑期を務めれば釈放するという司法取引を取り消そうとしたため、最終判決が下される前にアメリカを脱出したのである。

その後、被害者のサマンサ・ガイマーは彼を許し、告訴を取り下げる意向を表明している。したがって、現在、事件は被害者の権利や感情と関係なくなっている。彼は結婚して2人の子供を持ち、それ以外の犯罪歴はまったくなく、犯罪を繰り返す可能性もない。彼をロサンゼルスに強制送還することは、社会にとって何のプラスにもならない。

彼の逮捕に対する反応は、フランスでは異様と思えるほど大きい。ベルナール・クシュネル外務相は、彼の逮捕を“悪意に満ちている”と指摘。ジャック・ラング元文化相も「アメリカの司法制度は狂っている。それは闇雲に前進する非情な機械のようなものだ」と語っている。

非情かどうかは別にして、たとえ偉大な映画監督であっても法の適用を免れることができず、免責されることがないという意味で、正義は盲目になっていると言えるかもしれない。スペインのペドロ・アルモドバル監督やドイツのヴィム・ヴェンダース監督、イタリアのエットーレ・スコラ監督などの多くの映画人が主張していることは、まさにこのことである。彼らは、ポランスキーのような立場にある芸術家が、こうした行為によって逮捕されるのは“認めがたい”と信じている。

彼はフランスの市民であり、フランスはアメリカ以上に偉大な芸術家に対して寛大な国である。作家のジャン・ジュネが43年に窃盗で実刑判決を受けたとき、フランスを代表する芸術家ジャン・コクトーが、「ジュネは文学の天才である」と言明し、刑期は短縮された。優れた芸術家が処罰を免れることができるのは、フランスが優れた才能に対して敬意を表しているからである。

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