余命わずかの親父、麻薬で築く”愛の遺産” 冴えない化学教師がクスリの密造で変貌する異色作

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一家の大黒柱が背負っているものの大きさに泣ける 

パンツ一丁なのは、事情がある

少しネタバレになるが、ある修羅場に遭遇した際に、もう手を引きたいとビビるジェシーをよそに、ウォルターは子供ふたりが大学を卒業し、家族が10年間生きていくために必要な金額は「73万7000ドル」と震えた声で算出する。そして、短期間で目標額を稼ぐことを、ドラッグディーラーのジェシーに言い含める。このときのウォルターの必死さは、あまりにもシュールで滑稽でさえあると同時に、世の家計を支えて必死に働くとーちゃん、かーちゃんたちの姿に重なる。ウォルターに代表される、一家の大黒柱が背負っているものの大きさを思うたびに、筆者は泣けてしまうのだった。

もっとも、本作にはお涙頂戴的なノリはいっさいない。場面写真にもあるように、ウォルターがなぜパンツ一丁になっているのかというのも、事情がわかれば悲壮感と共に笑いをかみ殺したくなるだろう。

当然のことながら、ウォルターとジェシーの行く末に明るい未来がないだろうことは、誰もが想像できる。ドラッグの密造、販売は許されることではないし、第一に番組開始早々、ウォルターらは成り行きから人を殺してしまう。それでも、視聴者がどんどんウォルターに感情移入して好きになっていくのは、もし自分だったら……と思わせるリアルな共感と、アンチ・ヒーローものとしてのあこがれもあるだろう。

エピソードが進むごとに、そうしたウォルターへの肩入れは増す一方で、いつかはウォルターの人生が破滅するはずだという危惧も強くなる(身内=義弟が麻薬取締局の捜査官であることも効いている)。じわりと手に汗握るスリルと焦燥感が加速する中で、視聴者はジレンマと共にウォルターの人生をハラハラしながら見守ることになるのだ。

ドラマの背景に、アメリカの医療保険制度の問題

根本的な問題として、いくらおカネが必要だからといって、ここまで危険なことに手を出すなんてありえないと思う人もいるかもしれない。だが、このドラマの説得力は、国民皆保険が存在しないアメリカの医療保険制度に由来しているといえる。オバマ大統領が公約に掲げた医療保険制度改革(オバマ・ケア)をめぐる議論において、アメリカで適切な医療を享受するためには、どれほどおカネがかかるか、高額な医療費に関する仰天の体験談を目にしたことがある人も多いはずだ。

マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー『シッコ』でも、そうした実情は描かれていたし、世界で最も生活しやすい国と言われるカナダであれば、『ブレイキング・バッド』は成立しないという皮肉交じりの指摘も見られる。カナダでは、基本的に納税者であれば誰もが適切な医療を受ける権利がある。よって、ウォルターのようにやけっぱちになる必要はなく、まずは落ち着いて治療を受け、闘病しながら仕事を続けるという選択肢が、当然のごとくあるのだ。

それがアメリカでは不可能だから、ウォルターのように追い詰められて暴挙に走る人物像にもリアリティがあるわけで、ウォルターはアメリカの医療保険制度の犠牲者のひとりだといえるのかもしれない。

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