東京のVIP向けクリニック「ずさん経営」の末路 民間病院は3割赤字、開業すれば安泰ではない
訪日客向けの広告宣伝も不十分なままに2018年5月には移転し営業を開始。だが、I氏が思い描いていたようなにぎわいを見せることはついになかった。移転前の患者に移転後のクリニックの場所などの周知をしていなかったことで、既存患者も激減。クリニックでは閑古鳥が鳴いていたという。
そこを異常なコスト構造が襲う。まず賃料だ。最新の高層ビルの24階フロアの270坪を借りており、賃料は月1300万円に上った。加えて人件費もかさんだ。在籍していたスタッフは40人以上。売上高5億円弱の医療機関としてはあまりに多い人員である。人件費負担だけで月1600万円になっていた。
訪日客の富裕層を狙った過剰な設備投資もあだとなった。血液浄化(血液クレンジング)装置やエコー検査装置など、高額な医療機器を次々に導入。毎月のリース料も1000万円規模に上った。こうして資金繰りは急速に悪化していく。
取引先への支払いが滞りがちになっていた2019年の4月、取引銀行の要請もあり理事長が別の医師に交代、経営再建に乗り出した。だが、それでも資金繰りを好転させることはできなかった。スポンサー探しに奔走したものの、ネックになったのが多額の賃料。スポンサーとの話がまとまることはついになかった。
ANK免疫療法を行っていたがん患者には手紙で引き継ぎ先の病院の案内がなされたというが、ほかの通院患者に知らされることはなく、クリニックは閉院となった。解雇を宣告された従業員たちが感じた数々の異変は、最悪の結末を迎えたのだ。
倒産は10年で最多の水準
民間病院の経営は厳しさを増している。診療報酬などを決める政府の中央社会保険医療協議会が2019年11月に公表した調査では、民間では3割を超える病院が赤字経営に陥っていると回答。クリニック(診療所)においても、3割程度が赤字だとしている。
人口減で患者が減っている地方だけでなく、医療機関同士の競争が激しい都市部でも慢性的な赤字体質に陥っているところがある。
帝国データバンクによれば、2019年11月までで病院、診療所、歯科医院を合わせた倒産件数は38件。2019年通年での倒産件数は過去10年で最多になる見込みだ。医療法人の代表は医師でなければならないが、「医者は経営者ではないので、法人の舵取りは難しい」(同社情報編集課の阿部成伸氏)。
不振に陥る典型の1つが、冒頭のクリニックのように、過剰投資に原因があるもの。「医師は横並び志向が強く、必要性の薄い医療機器や設備まで導入してしまう」(金融機関関係者)。患者の疾患傾向や投資の回収期間を考えずに、無謀な経営計画で投資を先行させてしまうことがある。
さらに、人件費比率が高いのも医療法人の特徴だ。売上高のおよそ50%程度が人件費になっている。医師や看護師の確保のために、それ以上になっているところもある。優秀な医師を獲得するために高額な年収を提示するものの、競争の激化などでそれに見合った医業収入を上げられないケースがある。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら