なぜ社会の底辺にいる人々は「見えない」のか 「7つの階級」調査が示す「貧困ポルノ」の誤り

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最もはっきりした階級の境界線は、労働者階級と「アンダークラス」の間にあるのだ。「アンダークラス」とは、福祉手当受給者を意味することが多い。

英国階級調査が実施された頃、イギリスのメディアでは「貧困ポルノ」と呼ばれているものが大量に出ていた。「貧困ポルノ」とは、貧困層の一部の人々の素行がどれだけ悪いかを興味本位に暴きたてるもので、国の福祉手当受給者を追いかけまわしていた。

収入の一部、あるいはすべてを福祉手当に頼っている人々は、自分の「ライフスタイルの選択」として給付に過度に依存しているとする理解が一般化し、福祉手当受給者がドラッグや酒に浸り、いつも楽しく過ごすという安楽な生活を送るために、納税者の必死で働いて納めた税金が使われていると多くの人が考えている(貧困ポルノの語り口を信じるならば、だが)。

もちろん、それは誤解だ。最近の研究が証明するのは、最も不安定な生活を送っている人々(つまり、貧しい労働者階級の人たち)が「低賃金の仕事を転々とし、長期にわたる不安定な雇用状況の末に、福祉手当を申請する」というサイクルである。

それにもかかわらず、インタビューの回答者の何人かは、「福祉手当受給者」たちは働くのが嫌いで、代々失業状態を受け継いでいるような人たちだと、しきりに語った。そうした見解を持つ回答者は、「アンダークラス」の人々を平常な社会の外側にいて、教育もなく働く意欲もない人々だと決めつけている。

労働者階級の人々が労働者階級であることを認めたがらないのは、アンダークラスの人々と同列にされることを嫌ってのことだ。

「怠け癖」や「無気力」などをアンダークラスの人々に特有の欠陥であるかのように語る人たちもいた。実際、階級構造の下層に近い階級の人ほど、自分たちよりさらに下にいると思われる人々への意見が露骨になり、その判断は感情的になる傾向があった。

このように、社会のヒエラルキーの底辺に近いことへの不安は、特権階級との間に引かれた境界線や不平等への不満に向けられるのではなく、「アンダークラス」への憤りに変換されている。

労働者階級の人々の怒りは、自分と同じ立場にいる人たちとの連帯という形で表れるのではなく、自分は彼らとは違うということを明確にしたいという強い思いになっていたのだ。

彼らを「悪趣味」と決めつけるな

新自由主義が支配するイギリスでは、短期低賃金の不安定な雇用が、フルタイムの正規雇用より急速に増加している。さらに深刻なのは、そのような雇用が、従来は給料のよい安定した雇用への足がかりと考えられていた初歩的な仕事に限定されなくなったということだ。

むしろこれは、経歴に傷をつけ正規雇用の道を塞ぐことが多いため、いったん非正規雇用で働いた人々は、「膠着状態」になり、そこから抜け出せないサイクルに陥る構造となっている。

今日のイギリスで最貧困層の人々について考え議論するときには、このような構造の問題を重視すべきだ。

プレカリアートの人々は、社会から見下され、愚弄されていることを知っている。だからこそ、むしろ同じ境遇にある「自分たち」の中にとどまっていたいと思っている。彼らにとって重要なのは、外部の世界の人々よりも、同じコミュニティーの同胞に好かれ尊敬されることだ。

こうした状況が、プレカリアートを不安定で、さらに悲惨な状況にする危険がある。彼らの、困難な状況に適応して生き延びる力や抵抗力は、下品でがさつと誤解されている。「悪趣味」と思われている彼らの嗜好への執着は、その共同体意識と結びついて、分別のなさと頑固さによるものと見なされている。

プレカリアートの存在はちゃんと見えるのに、彼らを「悪趣味」と決めつける論法によって、その価値を認めようとしない。今日の階級の文化は、特権階級にあまりにも都合よくできているのだ。

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