若干の延期もブレグジット実現は見えてきた ジョンソン首相の離脱法案を議会が支持へ

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英国は移行期間中にFTA協議をまとめられない国や地域との間で、世界貿易機関(WTO)ルールに基づいて貿易を行うことになる。英国の貿易相手国の約半分がEUで、約15%が日本やカナダなどEUが貿易協定を締結済みの国だ。

つまり貿易シェアで65%の国・地域のすべてとわずか1年足らずでFTA協議をまとめて初めて、英国は現在とほぼ同程度の貿易上の特権を手にする。EUが貿易協定を締結していない米国と貿易協定を結ぶことができたとしても、EUや日本と貿易協定をまとめられなければ、貿易上の打撃は極めて大きい。

WTOルールに基づいてEUと貿易を行う場合、両地域間の貿易はWTOの最恵国関税が適用され、税関検査や関税事務が必要となる。英国からEUに自動車を輸出するには約10%の関税が掛かり、英国が日本やEUから自動車部品を輸入する際にも関税が発生する。合意なき離脱時に想定される物流混乱と関税発生は、移行期間終了時にも起きる恐れがあるのだ。

金融サービス業ではFTAの例がない

しかも、英国は移行期間の終了後、FTAに基づいてEUとの新たな経済関係を構築することを目指している。かつて「世界の工場」と呼ばれた英国だが、粗付加価値に占める製造業のシェアは近年一段と低下し、今や10%程度に過ぎない。英国が今後も経済力を維持するうえでは、金融業を中心にサービス業での優位性をいかに保つかが重要となる。だが、サービス業を幅広くカバーしたFTAは少なくともこれまでは存在しない。

例えばEUには単一免許制度があり、ある加盟国で事業免許を取得すれば、他のEU加盟国で改めて免許を取得できずに事業を行うことができる。だが、EU離脱後の英国に単一免許制度が適用されることはない。英国は代わりにEUの同等性評価に基づいてEU市場にアクセスすることになる可能性が高い。

同等性評価とは、EUの規則に則っていると判断した第三国に与える事業許可で、EU側が一方的に打ち切ることが可能だ。英国は大陸欧州とは金融規制についての考えがしばしば異なる。現在は同じEU加盟国で両者の規制上の相違はないが、離脱後の英国とEUとの規則に乖離が出てきた際に、同等性評価が打ち切られ、英国の金融業がEU市場へのアクセスを遮断されるような事態も考えられなくはない。

田中 理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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たなか おさむ / Osamu Tanaka

慶応義塾大学卒。青山学院大学修士(経済学)、米バージニア大学修士(経済学・統計学)。日本総合研究所、日本経済研究センター、モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッター証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)にて日、米、欧の経済分析を担当。2009年11月から第一生命経済研究所にて主に欧州経済を担当。

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