あるとき、それを不満に思った佐知子は、両親に直談判した。
「受験だから、受験だからって、お姉ちゃんばかりひいきしないでよ!」
すると、父が言った。
「あの子は、お前よりも能力がないのを自分でも知っているんだよ。それが小さな頃からコンプレックスで、お前へのイジメにつながっている。とにかく受験が終わるまでは、みんなで優しく見守ってあげようよ」
どうして姉ばかり優しくされるのか。子どもには平等に愛情をかけてほしい。中学時代の佐知子は、その不公平感にいつも不満を抱いていたという。
優等生を続けることに疲れてしまった
それでも佐知子は勉強を頑張り、地元でもトップクラスの高校に進学した。
「1年早く高校生になった姉は、地元でも1番偏差値の低い高校に行きました。ここでも歴然とした差を見せつけたので、私の中では気分がスカッとしていました」
しかし、高校に進学してから、頑張る自分がだんだんと苦しくなっていった。
「周りがみんなできるから、ちょっと勉強しないと成績が落ちる。それまで勉強が楽しかったわけではなく、いじめてくる姉の優位に立ちたかったからひたすら頑張ってきた。できる子ばかりの中にいる自分がだんだん息苦しくなっていきました。高校も休みがちになり、勉強もしなくなって、落ちこぼれていきました」
大学受験にも失敗した。
「7つ受けた大学は、すべて落ちました。7つ目がダメだとわかった夜、家で姉と顔を合わせたら、『あはははは。背中に“私はバカです”って書いてあげようか』と言われました」
そのとき、1つ上の姉はすでに女子大生になっていた。偏差値の低い高校でつねに上位の成績を取っていた姉は、推薦で女子大に入っていた。この夜、姉がはじめて妹に勉強で勝ったと思った瞬間だったのだろう。
「結局1浪して、その1年間は猛勉強。翌年、行きたかった私大に合格しました。もう姉に二度とバカにされたくなかったから、大学時代から将来の目標を決めて、就職活動も早めに取りかかりました」
そして、大手のメーカーに就職することができた。
「私が就職をした翌年に、姉は地元のテニスサークルで知り合った7つ上の男性と結婚をしました。義兄は、高校の教員。そのとき姉は派遣社員で働いていたので、公務員との結婚に両親はとても喜んでいました。そして、2年後に男の子を出産しました」
しかし、姉の結婚をうらやましいとは思わなかった。それは何より仕事が充実していたし、楽しかったからだ。
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