そのときのことを、佐知子は私にこんなふうに回顧した。
「ママにその報告をしたら、『男はね、胃袋をつかんじゃったら離れないわよ』と言われたんです。料理は得意なほうだったので、週末になるとやってくる彼に、あれこれと手料理を振る舞いました。泊まっていくし、そのたびにエッチもしていたので、私は結婚できるものだと思っていました。ただ今から考えれば、彼から“結婚”という言葉が、まったく出てこなかったんですけどね」
36歳の誕生日は無視された
付き合っているうちに、36歳の誕生日がきてしまった。
「私の誕生日は知っていたはずなのに、素通りでした。半年前の昭一さんの誕生日には、バースデーケーキを私が買ってママのお店に持って行って、みんなでお祝いをしたのに」
大切にされていない気がして、誕生日の2週間後に、昭一に単刀直入に切り出した。
「今月の5日が私の誕生日だったって知っていたよね。『おめでとう』の一言もなかった。で、私、36になっちゃったのね。子どもを産むことを考えたら、そろそろ結婚もしたい。昭ちゃんは、私と結婚する気持ちはあるの?」
テレビを見ながら落花生をつまみにビールを飲んでいたのんきな顔が、急に難しい表情に一変した。
「ごめん。言わなきゃと思っていたんだけれど、俺、今月に辞令が出て、関西支社に転勤になるんだ。3年は、向こうで働くことになると思う」
意外な展開に、あぜんとした。
「サッちゃんは、俺よりも稼いでいるし、仕事も好きそうだし、『仕事を辞めてついてきてほしい』とは言えない。もしも今すぐに結婚したいなら、俺たちは別れたほうがいいと思う」
突然の別れ話に、佐知子は頭が真っ白になった。そして、昭一はその夜、用意していたご飯も食べずに、帰っていった。
これまでの経緯を話すと、佐知子は私に言った。
「『胃袋をつかめば結婚できる』というのを真に受けていましたけど、それはそこに気持ちがあってのこと。1年間必死でまかないオバさんをしてきた自分がバカみたいです」
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