山崎光夫
「レキジョ」なるものが流行りという。
「歴史好きの女性」の略である。
わたしの経験では、歴史は苦手という女性が多かったという印象があるが、このところ「レキジョ」が増えているという。たいへん結構なことで一時的なブームで終わってほしくないと思う。
「レキジョ」は若い女性が中心で、それも武将ファンが大半という。戦国武将について、家紋をはじめ、花押、軍旗、馬印、兜、さらに法名や墓所まで詳しく知っている向きもあるというから驚きである。
たとえば、豊臣秀吉の軍師だった九州の武将、「黒田孝高(よしたか・官兵衛)〔黒田如水(じょすい)〕」については、家紋は「藤巴」、軍旗は「佐々木大明神・八幡大菩薩名の下に目結紋」、馬印は「総白大吹貫」、兜は「銀白檀塗合子形兜」、法名は「龍光院殿如水円清大居士」。
こんな知識までたちどころにすらすらと口にするという。ちょっとした戦国武将ミニ博士である。
ちなみに徳川家康の家紋は、「三葉葵」、本陣軍旗は「厭離穢土欣求浄土」、馬印は「金無地開扇」、法名は「一品大相国安国院殿徳蓮社崇誉道和大居士」。
これなども「レキジョ」には常識に入るらしい。
戦国武将ものの専門のグッズ店まであらわれ、携帯のストラップやTシャツ、マグカップ、箸、コースター、扇子、テーブル掛け、手提げ袋などを販売して、結構売れているのである。
また、結婚式では花婿に鎧兜に身をかためた戦国武将を求める花嫁もいて、鎧兜のレンタル店は意外な需要に驚いているという。
披露宴で鎧兜姿の新郎が登場すると、
「かっこいい!」
「ステキ!」
の声が飛ぶのである。
これで刀を振り回せば、ちょっとした大河ドラマの主人公になった気分に浸れるかもしれない。
ところで「レキジョ」たち現代女性は戦国武将のいかなる部分に魅力を感じたのだろうか。そのいでたちもさることながら、考えられるのは、常在戦場の精神的たくましさであろう。
領土の取った取られたは当たり前。いつ寝首をかかれるか知れない恐怖と緊張の中で生きるのが戦国武将である。企業のリストラの比ではない。生首を切り落とされるのである。毎日が命のやりとりである。
戦いに明け暮れ、権謀術策が渦巻く時代を生きぬかねばならない。
そして、いざこれまで、というときは腹を切る。その覚悟を常に持ちつつ、家臣を率いているのが戦国武将。強きリーダーである。
戦国武将は、勇猛果敢、行動力、度量、統率力、先見性など、男というより、人間として魅力にあふれている。
さらに、茶の湯や能、花見、鷹狩りなどの趣味に一服の安らぎを求めていた。
戦国武将の魅力のひとつに、性的強さ、たくましさがあるだろう。側室を何人も侍らせおのれの力を見せつける。
現代の新婦は、戦国武将の強さに憧れ、せめて恰好だけでもと新郎に鎧兜を求めるのだろうか。
その戦国武将がよりどころにした性の指南書がある。戦国・江戸時代は、房中(ぼうちゅう・男女の和合)もまた健康を維持する重要な一手段と考えられていた時代である。
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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