(第6回)風邪・インフルエンザ対策法・その3

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山崎光夫

 前回まで風邪対策の話を書いていたらさまざまな感想が寄せられてきた。以下のような種々の方法をとっておられる方がいるようだ---。

・夜は裸で寝る。
・焼いた梅干しを食べる。
・ショウガ湯を湯上がりに飲む。
・早朝、庭で乾布摩擦をする。
・ミカンを一日三個皮ごと食べる。
 などなど、それぞれ風邪対策に工夫をこらしている。

 その中で、「使い捨てカイロを抱いて寝ます」という人がいた。
 ミニ使い捨てカイロを低温やけどに注意しながらパジャマの左胸ポケットに入れて寝るという。「左胸で心臓部を温めれば、温かい血液を全身に送れるので風邪はひきません」
 という。抱いて寝るばかりか、昼間は背広の内ポケットに入れているという。
 ふところが温まるのでこれは具合がいいかもしれない。真似してみようか……。
 その医学的効果をベテラン内科医にきくと、
「それで全身の血液が温まるとは考えられない。気休めですね」
 と素っ気ない返事。
「でも、それで本人が風邪をひかないなら、お守りみたいなものであえて否定もできません」
 信じる者は救われるのだろう。とにかく風邪が予防できればよい。

 かくいうわたしにも、前回までに紹介した“三マ”以外に予防策がもうひとつある。「麻黄湯 (まおうとう)」である。この漢方薬を常備している。ひどい熱が出たときに素早く飲むためで、いわば安心のための常備薬である。
 --これさえあれば大丈夫……。
 この「麻黄湯」、じつはタミフルやリレンザといった新型インフルエンザの治療薬が手に入らないときの次善薬である。タミフルの使用を疑問視する医師はこの「麻黄湯」をファーストチョイスしているくらいだ。
 とはいえ、わたしはこの安心薬を一回も飲んだためしがない。アルミパックされた最近の剤薬は五年の保存がきく。
 わたしの安心薬はプールして五年が経る。そろそろ新しいのを入手すべき時期にきている。

 ところで、「風邪をひくのもいいではないか」という考え方もある。
 体へのイエローカードで、休みなさいというサインと見る考え方である。素直に休めば大事に至らない。それを教えてくれるのだからありがたい。
 むしろ問題にすべきは、イエローカードなしでいきなりレッドカードをつきつけられる事態だ。ブレーキの壊れた体がイメージされる。各自、自分の体と会話して憂慮される事態を回避するしかない。風邪は万病の元なのである。
 いわばこれは風邪のプラスの効用といえるだろう。

 世界中を席巻したスペイン風邪(一九一八~一九)はいまだに語り伝えられている。第一次世界大戦中に発生したこの風邪の大流行で各国の兵士たちは疲弊した。もはや戦争どころではなくなった。
 第一次世界大戦による死者は約一〇〇〇万人、スペイン風邪による死者は世界で約五〇〇〇万人から八〇〇〇万人といわれる。スペイン風邪の猛威はこの数字が如実に示している。
 スペイン風邪は一方で戦争を終わらせ歴史を動かしたのである。これも風邪のプラス効用といえなくはない。
 こんな話をきいたら風邪も思わずクシャミをするかもしれない。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
山崎 光夫 作家

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やまざき みつお / Mitsuo Yamazaki

1947年福井市生まれ。早稲田大学卒業。TV番組構成業、雑誌記者を経て、小説家となる。1985年「安楽処方箋」で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。主な著書に『ジェンナーの遺言』『開花の人 福原有信の資生堂物語』『薬で読み解く江戸の事件史』『小説 曲直瀬道三』『鷗外青春診療録控 千住に吹く風』など多数。1998年『藪の中の家 芥川自死の謎を解く』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。

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