不眠時代を生きる(その2)

病気などしていられない人へのお話

 

山崎光夫

 その人にとっての「基礎血圧」というものがある。運動や代謝など、血圧を上げる要因の少ない環境下の血圧をいい、朝、起きる前の30分の血圧をいう。
だが、起きる30分前の血圧は、24時間型の血圧計測計を身につけていないかぎり、分からない。そこで、目覚めてすぐ、排尿する前の血圧を、一応の基礎血圧としている。
血圧がいつも高い人は、この基礎血圧を測定して知っておくのも無駄ではない。
眠れない人は昼間の生活に影響を受けて血圧が高くなる。不眠を訴える現代人に高血圧が多いのもうなずける。

昼間に眠くて仕方のない人は、夜中に熟睡していない傾向にある。その習慣を調べると、かなりイビキをかいていて、寝ている姿勢は上向きが多い。上向き寝では、必然的に、舌根が沈下し、気道が塞がれイビキをかきやすくなる。イビキは熟睡していない証拠のような現象。
ヒトは大昔、4足歩行していたのだから、犬や猫同様、横向きか、うつ伏せで寝るのが自然。舌根の沈下もないので、イビキも防げる。心臓に持病のある人は別にして、ふつうの人では、心臓のある左側を下にして寝ても問題はない。

「不眠症に悩む人でおしゃべりな人はまずいません」
というのはベテラン内科医。不眠は人を無口にするようだ。
「年に3、4人、すぐにでも自殺しそうな人が来る」
という。無口で、目はとろんとしていて、息を殺しじっと下を向いて待っている。不眠の極地のような状態である。
「こんなときは、話しかけて、できるだけしゃべらせることです。生い立ち、趣味、食べものなど、何でもいいので、おしゃべりさせると、生気を取り戻してきます」
話すことで、酸素交換が促がされるからである。無口な人はまず呼吸が小さい。大声や笑いから、ほど遠いという。呼吸が浅いと必然的に体内の酸素量が少なくなる。

うつ病、神経症などの患者が集まる精神科クリニックで、共通しているのは、不眠傾向で、呼吸が浅く、声が小さいこと。
ベテラン内科医は続ける。
「精神科クリニックに必要なのは本当のところ酸素吸入器です。酸素吸入すれば、全身の細胞に酸素が行き渡り、身心ともに活性化されます」
ならば、精神科クリニックで活用してもらいたいものだが……。

眠りのツボに「安眠」という名のツボがある。両耳の後ろにあって、下に向かって尖っている骨の下、指一本の箇所。
「このツボを毎晩押して寝るとよく眠れるようになりましたという人が案外多いのです」とある年配の漢方医はすすめる。かなり効果のあるツボらしい。
「確かに効果はありますが、就眠儀式のようなものと理解できる面もありますので、過大な期待はしないで下さい」
就眠儀式は、それをしないと眠れないという、いわば癖のようなもの。
儀式でも何でも、よく眠れれば快適ではある。
1日24時間のうちおおむね3分の1を睡眠に当てたとして、人は90年生きても、30年間は寝ている。いかに上手に眠るかが重要である。
快眠こそ病気をしないで過ごす最上の知恵かもしれない。

山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。

 

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