(第65回)経営者と戦国武将(その1)

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山崎光夫

 このたび、講演を依頼されて90分間話した。演題は、「経営に生かす戦国武将の養生術」。
 集まった300人余りにわたる経営者の会社の規模はさまざまである。だが、この節、経営に苦慮している有り様は一応に同じである。

 私は戦国武将が生きた時代に思いを馳せながら、話を進めた。経営を支える基本は、経営者が健康か否かである。
 病に伏せながら頭角を現した戦国武将がいないのと同様、入院しながら経営に成功した人はいないのである。
 目標に向けて何かに闘いながら生きるのが、武将であり、経営者である。体力と精神力が必要である。たとえ頑健ではなくても、心身の健康は基本のキといえる。

 生きた時代は違うが、戦国武将も経営者も人間として人体構造は同じ。
 多忙と国際化が当たり前となった現代人だが、変わらず、胃袋や心臓は1つだし、耳は2つしかない。むしろ、現代人のほうが顎や脚力は退化している。

 大きく違うのは時代状況と食べものであろう。戦国時代は武器である刀を常にかたわらに置き、いつ敵に寝首をかかれるか知れなかった。現代人は寝首こそかかれないものの、外圧・内圧でいつ大波をかぶって人生が転覆するか知れない。常に想像力を働かせ、緊張感をもって日々暮らさねばならない。
 武将も経営者も重圧に押しつぶされない忍耐力も求められる。

 戦国武将は案外、長寿である。
 北条早雲・88歳、山名宗全・70歳、毛利元就・75歳、細川幽斎・77歳、宇喜多秀家・84歳、鍋島直茂・83歳、島津義弘・85歳などなど、長命を保ち戦国の世を生き抜いた。
 日頃の修練と摂生の賜(たまもの)と思われる。

 現代の経営者が戦国武将に学ぶべきは、その食生活であろう。まず、武家は1日2食だった。さらに食事内容では、今日と比べて圧倒的に少ないのが、甘味と肉食と冷たい食品。
 日本に砂糖がもたらされたのは17世紀以降で、それも大名や公家など、一部の特権階級だけの口に入った。甘味は贅沢品だった。
 また、蛋白源は魚や豆類が主で、肉食とは縁遠かった。猟に出かけ猪や鹿、兎、雉(きじ)、鴨などを食べたものの冷蔵庫はなく保存できないので、捕獲してすぐ食べなければならなかった。まさに地産地消だった。
 さらに、夏場での冷たいものは井戸水、地下水、湧き水レベルが限度だった。将軍に富士山のふもとにある氷穴の氷を係の役人がリレーで運んだほどで、氷は超貴重品だった。
 冷たいものを体内に入れれば、内臓は体温と同じくいらいに温度を上げねばならない。
 これは、ヤカンの水をコンロで沸かすのと同じで、エネルギーが必要。冷たいものを多く摂取すればするほど、体はエネルギーを消費して疲れの元になる。

 甘味と肉食と冷たい食品--。
 戦国武将たちとあまり縁のなかった食品を現代人は毎日、当たり前に摂取している。
 食生活を見直す材料にしたいものである。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
山崎 光夫 作家

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やまざき みつお / Mitsuo Yamazaki

1947年福井市生まれ。早稲田大学卒業。TV番組構成業、雑誌記者を経て、小説家となる。1985年「安楽処方箋」で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。主な著書に『ジェンナーの遺言』『開花の人 福原有信の資生堂物語』『薬で読み解く江戸の事件史』『小説 曲直瀬道三』『鷗外青春診療録控 千住に吹く風』など多数。1998年『藪の中の家 芥川自死の謎を解く』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。

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