(第66回)経営者と戦国武将(その2)

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山崎光夫

 戦国武将の雄といえば、最後に天下を取った徳川家康である。75歳の天寿を全うした。
 参考になるのは、家康の食生活である。天下人はどんな食生活をしていたのか。

 家康が常食していたのは麦飯、浜納豆、味噌だった。粗食である。質素倹約、粗衣粗食の生活を旨として実践していた。
 麦飯はビタミンB1をはじめ、カルシウム、カリウム、ミネラル類などが豊富で、理想的な主食。
 また、三河の三州味噌、岡崎の八丁味噌と故郷の味噌も好物だった。
 浜納豆--。これも故郷の味。水戸納豆のように糸を引く軟らかい一般的な納豆とは違い、乾燥した塩納豆の一種で保存食でもある。
 味噌も納豆も大豆が原料で、良質のタンパク源であり、栄養価が高く、消化もよい。
 さらに、三河湾、遠州灘で獲れる小魚や地物の野菜も好んで食した。

 生涯、1000回以上出掛けたといわれる趣味の鷹狩は格好のスポーツであり、その際、焼飯を持参したという。炊いた飯を乾燥させた保存食が乾し飯(ほしいい)で、それに火を通したのが焼飯だった。
 粗食ながら、全体的に栄養のバランスは整っている。今日の栄養学から見ても理想に近い食生活といえる。

 さらに、健康を管理するため医学書を傍らに置いて医薬を研究し、侍医に相談しつつ、自ら漢方薬を調合した。現代流、セルフメディケーション(健康の自己管理)の実践である。他の武将には見られない特異な研究心を示している。これは、ひとつには、父、祖父ともに20代で他界しているという事実を直視し、おのれは長命を得て目標を実現したいと思ったからであろう。

 私はベテランの内科医から、
 「持薬(じやく)を持っている人は強い」
 と聞いたことがある。
 用心のために普段から用意しておく薬が持薬だが、これは自分の体の弱みを知っている証拠でもある。家康もまさかの時の頼りになる薬を持ち、しかも自分で作っていたのだった。

 家康は晩年に南公坊天海(なんこうぼうてんかい)と出会っている。天海は幕府内にあって「黒衣の宰相」といわれ、家康・秀忠・家光の3代に仕えた政治顧問。諸説あるが、108歳まで生きたという。
 天海は家康から長寿の秘訣を問われ、
 「長命は 粗食 正直 日湯(ひゆ) 陀羅尼(だらに) おりおりご下風(かふう)あそばさるべし」
 と答えた。

 長生きするには、まず、粗食。美食や飽食は贅肉(ぜいにく)を増やし、怠惰を助長、やがて体をむしばむ。粗食は心身を軽くする。
 正直では心の平静が得られる。嘘は嘘を呼び、しなくてよい心労を抱えることになる。
 日湯は毎日の湯浴みをいう。入浴して体は清潔になり、血液循環も促される。
 陀羅尼は真言密教の経文を指す。長い呪文を唱えると、声を出すので呼吸数が増え、酸素交換も盛んになるので血流はよくなる。また、発声はストレス発散効果も大きい。
 下風とは、おならのこと。我慢せずにガスを発射する。気兼ねは心の緊張を生み、好ましくない。出すべきは遠慮せずに出すのが自然。
 天海は特別な長寿法を教えたわけではない。現代でも十分通用する健康法である。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
山崎 光夫 作家

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やまざき みつお / Mitsuo Yamazaki

1947年福井市生まれ。早稲田大学卒業。TV番組構成業、雑誌記者を経て、小説家となる。1985年「安楽処方箋」で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。主な著書に『ジェンナーの遺言』『開花の人 福原有信の資生堂物語』『薬で読み解く江戸の事件史』『小説 曲直瀬道三』『鷗外青春診療録控 千住に吹く風』など多数。1998年『藪の中の家 芥川自死の謎を解く』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。

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