ルパンシリーズのおかげもあって日本でもその名が知られているカリオストロ伯爵(1743-1795)は、本名をジュゼッペ・バルサモという。生地シチリアを振り出しに、医術、錬金術、オカルティズム、秘密結社フリーメイソンに関する該博な知識や能力をフルに発揮し、あらゆる詐術に手を染めながら、フランス革命直前のヨーロッパを駆け抜けた怪人である。
カリオストロよりも四半世紀ほど前に、やはりヨーロッパでミステリアスな名声の高かったサン・ジェルマン伯爵(1707?-1784)の流儀を真似ることで神秘家としての外貌をまとうことに成功。ちなみに若い頃には史上最大の女たらしとして有名なジャコモ・カザノヴァ(1725-1798)とも面識を得ている。ここからも多くを学んだに違いない。
エカテリーナ2世から貧民まで
カリオストロは、イギリス、ロシア、ポーランドで、自らをエジプト古代の不死の大祭司コプトであると称して様々な降霊術や錬金術、予言、心霊医術を行ってみせた。そして、上はエカテリーナ2世から下は貧民に至るまで、片や憎まれ迫害され、片や礼賛崇拝され続けた。暴れまわった挙句、辿り着いたフランスでは、社交界では大いにもてはやされながら、宮廷を揺るがす「首飾り事件」によって逮捕・国外追放となる。
首飾り事件とは、フランスの名家出身である枢機卿ド・ロアンが巻き起こした事件だ。宮廷への出入り禁止を食らっていたド・ロアンは、王妃マリー・アントワネットに取り入ることで宰相になることを画策していた。それを知った女詐欺師ジャンヌ・ド・ラ・モット伯爵夫人(ブルボン・フランス王家と並ぶ名流ヴァロア家の末裔と自称)は、ド・ロアンに対し、マリー・アントワネットと親しい自分が間を取り持つと持ちかける。ロアンがすっかり信用して度々金品を手渡すのに味をしめたジャンヌは、宮廷宝石商が作成した金1トンに相当する高価な首飾りをマリー・アントワネットに贈れば、彼女は完全にロアンになびくともちかけた。
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