ある日のこと。静枝が残業で10時過ぎに帰宅すると、コンビニ弁当を食べ終えた残骸がテーブルの上に残されており、正道がテレビを見ていた。その日の夕食は自分の分だけをコンビニで買い、静枝の夕食は何も用意されていなかった。
「自分の夕食だけ買ってきたの? 私が残業で遅くなるってわかっていたよね!」
語気を荒らげて言ったのがしゃくに触ったのか、正道はさらに大きな声でかぶせてきた。
「2つ弁当を買ったら、その分金がかかるだろう。外で買ったものの金を請求すると静枝が嫌な顔をするから、今夜は自分の小遣いで弁当を買ったんだよ」
そう言うと見ていたテレビを消し、そのリモコンを壁に投げつけた。リモコンは壁に当たり裏側のふたが外れて、中の電池が飛び出した。その後は、バタンと力任せにドアを閉めて、寝室に行ってしまった。
「疲れて帰ってきてお腹も空いていたけれど、そんな態度を取られて食欲もなくなりました。テーブルの上に置きっぱなしになっていたお弁当のプラスチック容器をゴミ箱に捨てて、その日は、夕食は取らずシャワーを浴びて、彼とは別の部屋に布団を敷いて眠りました。布団に入ってからも、涙が止まりませんでした」
新居を構えたときに、寝心地のいいベッドを新調したかったが、「ぜいたくはいけない」と思って、布団を2組買った。
「あの日を境に、別々の部屋で寝るようになったので、今思えばベッドではなく布団を買ったことが正解でした」
関係がギクシャクし出すと、正道のキレる頻度も多くなっていった。
子どもの頃に育った環境と同じ状況に
静枝が冷房の利いている部屋を出るときにドアをキチンと閉めずに半開きにしたりすると、チッと舌打ちしながらドアをバタンと閉めにくる。水道の水を出しっぱなしで洗い物をしていると、「もったいないだろう!」と声を荒らげて止めにくる。使ってない部屋の電気をわずかな時間でもつけておくと、「電気代!」と大声で叫びながら、バンと消しにくる。
結婚生活は、思い描いていた温かな家庭とはまったく違う方向に進んでいった。そして、正道がキレるたびに、心臓がドキドキするようになった。
「ああ、これって、子どもの頃の生活と同じだなって。家族が父親の顔色をうかがいながら生活していた。それでも、母の言動が気にくわないとキレて物に当たる。父のように罵詈雑言を吐かないだけ、元夫はマシでしたけど」
そして、大きなため息をつくと、続けた。
「何かの本で、“親を嫌悪して育っても、育った環境が刷り込まれているから、親と同じような異性を結婚相手に選ぶ”というのを読んだことがありました。まったくそのとおりになったなと思いました」
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