「収入が自分の半分の男」と結婚した女性の顛末

家計は折半だが、食事を作るのは妻の仕事

静枝の父もまたキレやすい人だった。一部上場企業に勤めていた父、パートをしていた母、5つ年上の兄の4人家族だったが、幼い頃は、父がキレないように、家族が父の顔色を見ながら生活をしていた。

「どんなことでキレるか? 例えば母が、お昼に温かいうどんを作ったとしますよね。そうすると、『こんな暑い日に、温かいうどんなんか食えるか』といってキレて、うどんをひっくり返す。そうなるとリビングはつゆびたし。そこから怒りを抑えきれない父の罵詈雑言が始まるんです」

ただ、父が罵詈雑言を浴びせる相手は、決まって母親で、子どもたちにではなかったという。

バラバラになった家族

「兄は、だんだんとそうした父を無視するようになりました。小学校高学年になった頃からまったく口をきかなくなって、父がキレだすとスッと自分の部屋に行ってしまうようになりました。私は、母が心配だったし怖いから体が固まって、その場から動けなかったんですけど」

母に暴力は振るわないのだが、物に当たり散らすので部屋がメチャメチャになっていたという。さらに、「お前は、生きている価値はない」というのが、キレたときに父が母に発する常套句だった。

「母はパートで働いていましたが、手に職があるわけではない。だからずっと耐えていたんだと思います。でも、私が小5、兄が高1のときに、2人の前で、『お母さん、離婚していいかな』と1度だけ言ったことがありました。

兄は、『いいよ』と言ったけれど、私は両親が離婚するということが漠然と怖くて、『離婚はしないで。私にはお父さんもお母さんも必要だから』と言いながら、ワンワン泣いて頼みました」

その後、兄は大学に進学して一人暮らしをするようになり、実家にはまったく寄り付かなくなった。静枝も大学は、実家から通えない遠いところをわざと選び、一人暮らしをするようにした。

そして、静枝が大学を卒業した年に、父と母は離婚をした。

「私は、父とも母とも別々に連絡を取っていますが、兄は両親とは音信不通のようです。実際、兄が大学生になってから、私も1度も会っていないし、話もしていません」

こんな身の上話をすると、静枝は、私に言った。

「元夫は、お付き合いしているとき、あんなふうにキレやすい人だとは思わなかった。そこだけは注意して見ていたつもりでした。優しい人だったから、収入が私の半分しかなくてもいいと思って結婚したのに。私、見る目がないですよね」

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