堀江貴文「所有欲が人を幸せにすることはない」

借金や泥棒してまで、遊んではいけない

小学校6年生から中学のはじめぐらいまで、僕は趣味で切手収集をしていた。雑誌の通販に申しこんだり、古銭商に行ったりして、古切手を買い集めていた。「月に雁」「見返り美人」など、有名なプレミアム切手にも憧れがあった。

もちろん、子どもの小遣いの範囲内なので、たかが知れている。「月に雁」など買えるわけない。でも、たいした金額ではないが、「欲しいものを買って自分のものにする」喜びは十分に得られた。

切手を集めていると、自然と知識もついてくる。昭和以前の切手や発行枚数が少ない限定版など、手に入れづらい切手がたくさん存在することを知った。オークションイベントや交換会の情報も得られるようになった。高価で貴重な切手が、たくさんあるんだな……と思ったとき、ふと、気づいた。

「大金持ちだったら、全部、集められるんじゃないの?」

これは、僕にとって非常に意味のある発見だった。日本国内のプレミアム切手のなかで、とくに貴重なのは明治初期に発行されたものだ。

現存数は少なく、種類によっては数百万円の価値がつけられている。最高額とされるのは竜文切手と呼ばれる正方形の切手だ。逆刷りエラー版が、カタログ評価で3000万円以上。もしオークションに出品されたら、1億円は確実に超えると言われる。しかし、1億円なのだ。お金に換算できるもので、入手不可能なものではない。

金で満たされる趣味に意味はない

貴重な切手は数少ないけれど、1億円でモノを買える人はたくさんいる。「欲しい気持ち」の多寡なんか関係なく、1億円をポンと払える人のもとに、竜文切手は行くのだ。

当時の僕はどんなに逆立ちしても、1億円なんて払えなかった。でももし億万長者になったとして、竜文切手をはじめ貴重な切手をすべて買い占めるだろうか……?と考えた。

結論、「バカらしい」だった。切手収集は、ただ獲得の快感を積み重ねているだけだった。所有することより、手に入れたという喜びを、なけなしのお小遣いを使って、連続させていたのだ。

そんな喜びは、大金があれば一瞬で総取りできる。金ですべて満たされるような趣味に、意味はない。そう考えたとき、楽しんでいた切手収集の意欲が急速にしぼんだ。大事にしていた切手たちが、すごくつまらない、不要品に見えてしまった。

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