堀江貴文「将来への予想や心配に意味はない」

みんなもっと「今の自分」を大切にしよう

10年後、20年後などの未来を心配しても意味がない(撮影:梅谷秀司)

世間的には「もう終わった」という声も聞かれるようになった仮想通貨だが、これだけ現金信仰の強い日本社会の中で、多くの人が「お金の正体」になんとなく気が付きはじめたという点では、非常に大きな意味があったと思う。

お金も、仕事も、結局は自分を幸せにしていくための、1つの道具に過ぎない。でも、みんなお金や仕事に縛られすぎている。お金も仕事も今の形からは大きく変わっていくし、いずれ「なくなる」かもしれないのだ。

20年以上前のこと。僕はパン工場で一晩だけ、商品の仕分けのアルバイトをしたことがある。焼き上がったパンをピッキングして、納品先ごとに振り分け、伝票と一緒にまとめる作業だった。工場内では数少ない、人間がアサインされている仕事だったと思う。当時でも、僕のやっていた作業を自動化することは可能だったはず。しかし、その工場では設備投資をするよりも、人を雇ったほうが安かったのだろう。

それにしても苦行だった。何の面白さも見出せない仕事だった。自動化した設備で全部できる。単調な作業の対価が日当1万円とは……絶望的な気持ちになった。こんな割の合わないことはできない!と一度で辞めてしまった。それ以来、工場のアルバイトはやってない。

設備投資せずに人間にやらせている無駄な仕事が、昔は本当に多かった。ニュースなどのアーカイブ映像で見ると、昭和のサラリーマンの仕事の大部分は、めちゃくちゃ無駄だったと思う。みんなよく耐えたものだ。まあ、すべて過ぎ去った時代の話だ。

19〜20世紀の先進国は、産業を効率化しなければいけなかった。自動車産業でも何でも機械化が進められていた。その反対に、パン工場のように機械化できない、あるいは機械ではコスパが悪い部分に人間がアサインされ、報酬を得る手段として、人々は仕事を受託していた。

ロボットにはできず、人間にしかできないこと

しかし21世紀以降はIT技術が発達した。効率的に機械化できる領域が増し、人は興味を持てる労働を選べるようになった。「機械の代わりに人が働く」時代から「人の代わりに機械が働く」時代への移行だ。

人間が手間暇を割かないといけない現場は、みるみる減っている。人間はロボットにはできず、人間だけができることをしないといけなくなった。それは何か?

遊びである。21世紀は、仕事と遊びの境界が溶けてきている時代だと、僕は考えている。

次ページ生活のために遊んでいる
キャリア・教育の人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • コロナショックの大波紋
  • コロナ戦争を読み解く
  • 晩婚さんいらっしゃい!
  • 西村直人の乗り物見聞録
トレンドライブラリーAD
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
「賃料補助」は焼け石に水<br>飲食店を追い込む“遅い政治”

多くの飲食店経営者が自粛要請に応じています。政治に求められるのは救済プランの素早い策定ですが、与野党案が固まったのは5月8日。せめて第1次補正予算に盛り込まれていれば――。永田町の主導権争いが、立場の弱い人たちを苦しめています。