「ディープインパクト」が日本競馬に残した衝撃

17歳で急逝、時代を駆け抜けた最強馬の足跡

筆者が印象に残っているのは勝ったハーツクライの橋口弘次郎調教師のレース後の一言。「まさかルメールが前に行くとは。帰りのタクシーを予約していたんだけど参ったなあ」。勝ったのが意外という表情を見せたのが忘れられない。関係者にとってもディープインパクトが負けるとは思えなかったということだろう。それでも無敗の三冠達成で2005年のJRA賞の年度代表馬に選ばれた。

4歳になって陣営はキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSか凱旋門賞のどちらかに出走すると表明した。初戦の阪神大賞典は例によって楽勝。天皇賞・春は出遅れたが2周目の向正面で動き、残り1000mからのロングスパートで圧倒して3分13秒4の3200m芝の世界レコードでGⅠ4勝目を挙げた。池江調教師はレースの1週間後に凱旋門賞挑戦を高らかに宣言した。

道悪の宝塚記念も4馬身差の圧勝。世界ランクでも芝長距離部門で日本調教馬として初の1位となり、国内の大きな期待を背に凱旋門賞へ挑んだ。運命の2006年10月1日。ロンシャン競馬場には多くの日本人が応援に駆け付け、場内で単勝馬券を購入したため1.5倍の断然の1番人気となった。

失意の凱旋門賞

レースは8頭立て。意外にも2、3番手の好位を進み直線残り300mで先頭に立ったが踏ん張れず3位入線に終わった。前哨戦を使わずぶっつけ本番だったこと、ロンシャンの馬場が合わなかったこと、ファーブル厩舎3頭の包囲網にやられたなどいくつもの敗因がささやかれたが、武豊騎手の「直線に向いてハミを取らなかった。ギアが一段上がらなかった」という言葉がすべてだろう。いつものディープインパクトではなかった。

結果的に日本調教馬は以降も凱旋門賞を勝てずにいる。さらに10月19日に凱旋門賞のレース後に実施された理化学検査でフランスでの禁止薬物イプラトロピウムが検出されたことをJRAが発表。11月16日に凱旋門賞失格が決まった。失意のうちに迎えた国内のラスト2戦。しかし、ディープインパクトの強さは色あせることがなかった。ジャパンCは最後方から豪快に差し切り勝ち。そして、ラストランの有馬記念は後方3番手から2周目3コーナーで動くと、直線早めに先頭に立って最後は流して3馬身差の圧勝で締めくくった。4コーナーで大外を回った時の動きはケタ違い。

武豊騎手が「生涯最高のレース。今までにない強烈な飛びだった」と語ったが、あの4コーナーの斜めに傾いて飛ぶようなフットワークは筆者も忘れられない。

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