「ディープインパクト」が日本競馬に残した衝撃

17歳で急逝、時代を駆け抜けた最強馬の足跡

まさに規格外の生涯だった。2002年3月25日生まれ。奇しくもこの年の8月19日に父のサンデーサイレンスが16歳で急死している。母ウインドインハーヘア、母の父アルザオの血統。

0歳のセレクトセールで約7000万円で金子真人氏が購入した。2004年12月19日に阪神2000m芝の新馬でデビュー。

上がり3F33秒1の爆発的末脚で豪快に差し切った。騎乗した武豊騎手はレース後に「なんなんだ、この馬は」と驚きの声を上げたという。

年が明けて2005年1月22日京都2000m芝の若駒Sは4コーナーでもまだ先頭から10馬身以上離れていたが直線一気に突き抜け5馬身差。筆者は個人的にこの若駒Sが最も強烈に印象に残っている。新馬で衝撃を受けたが、若駒Sはそれ以上の衝撃だった。どんなにすごい競走馬でもこういうケタ違いのパフォーマンスはだいたい1回限り。それが2回続いたのだ。以降もケタ違いのレースは続くのだが、もはやそれは当然と筆者に思わせたのはこの若駒Sがすべてだった。

走っていると言うより飛んでいる感じ

弥生賞を余裕残しの仕上げで制して臨んだ皐月賞。スタート直後に落馬寸前の不利があったが終わってみれば楽に突き抜け、武豊騎手はかつて岡部騎手がシンボリルドルフで三冠を意識して馬上で指を1本立てたのと同じように、記念撮影で指を1本立てたが、それはやはり同じように最後まで指が増え続けることになる。「走っていると言うより飛んでいる感じ」という言葉が飛び出したのも皐月賞のレース後だった。

日本ダービーはあのハイセイコーの単勝支持率を上回る73.4%でダービーの最高支持率を更新した。出遅れたが直線大外に持ち出し豪快に5馬身突き抜け2分23秒3のダービータイレコードで無敗の二冠を達成した。夏場を札幌競馬場で過ごし、秋初戦の神戸新聞杯をレースレコードで完勝。1984年シンボリルドルフ以来史上2頭目の三冠が懸かった菊花賞に臨んだ。前半少しかかり気味になったが武豊騎手が馬群の内側に入れると折り合った。

とはいえ早めに抜けたアドマイヤジャパンがしぶとく食い下がって最後まで苦しめたが2馬身半突き抜けた。21年ぶり2頭目の無敗の三冠馬が誕生。武豊騎手は誇らしげに指を3本立てた。

菊花賞後はジャパンCか有馬記念か。年内1戦を宣言し陣営は有馬記念を選択した。直前の追い切りが木曜追いか水曜追いかで二転三転。金曜に大雪が降って通常の坂路調整ができずダート調整を余儀なくされた。これが影響したのだろうか。ルメール騎手が意表を突いて前で進めたハーツクライを直線捕らえ切れずに2着。初の敗北に武豊騎手は「今日は飛ばなかった。普通に走ってしまった」とショックを隠し切れない表情で振り返った。

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