35歳で農家継ぎ会社員時代より稼ぐ男の仕事観 亡き父の田でドローン操り次世代稲作を探る

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他方、これからの農業は無人ヘリの時代だと考え、24日間、50万円をかけて操縦免許を取った。もともとラジコンが趣味だったから、勉強は楽しかった。現在は隣の市の農業用無人ヘリのオペレーターを引き受けている。

農家を始めて2年目に農家の当主から田を引き継ぎ、耕作面積は合計11ヘクタール(約11町歩)になった。昔で言えば大地主の規模だろう。同時に農機具もその当主から農協の査定価格240万円で譲ってもらった。

3年目の2015年には農水省が農業用ドローン(マルチローター)を認可した。数馬さんは早速、操縦法をドローン会社で習い、指導教官を任されるほど熟達した。無人ヘリは約1500万円もしてとうてい買えなかったが、ドローンは本体が約250万円、バッテリーやプロポ(プロポーショナル。送・受信機、スピードコントローラーなど)を合わせ300万円ちょっとかかったものの、こちらは購入できた。播種や除草剤の散布で省力化や作業時間の短縮に威力を発揮している。

新技術の吸収・応用は欠かせない

水稲直まきでは育苗や田植えを省略できる。直まきの方法としては多目的田植え機やドローンを使うやり方があり、田の状態も水を張った湛水直まき、水を張らない乾田直まきがある。また種についても鳥の害を防ぎ、健康な出芽や根の張りを確保するため、過酸化カルシウム剤をコーティングしたもの、鉄をコーティングしたものなど、種々技術が開発されている。

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不勉強ではとうてい発展する技術についていけない。幸い数馬さんは父親と同様「篤農家」で、新技術の吸収、応用に熱心だから、最新の農法を使いこなせる。現在、田と畑15ヘクタールを悠々と耕作し、田ではコシヒカリや酒米をつくり、畑では麦、大豆を手掛けている。

日本には食の安全、環境保全、労働安全の向上を図るJGAPという認証制度がある。残留農薬や食中毒、異物混入、重金属、放射能などの問題に対応した基準だが、数馬さんの耕作地は早くもJGAP認証農場となり、安全な農産物づくりを目指している。従事者としては数馬さん夫婦2人がいるだけだが、収入はすでにサラリーマン時代を超え、耕作地が現在の倍、30ヘクタールになっても十分対応できるという。

後継者難で営農を諦める農家がある一方、農地の耕作を一手に引き受ける数馬さんのような農家が生まれている。人力集中型の農業は過去のものになりつつあるのかもしれない。

(『ウェッジ』2018年7月号)

溝口 敦 ノンフィクション作家、ジャーナリスト

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みぞぐち あつし / Atsushi Mizoguchi

1942年東京都に生まれる。早稲田大学政治経済学部卒。出版社勤務など経てフリーに。2003年『食肉の帝王』(講談社+α文庫)で講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『詐欺の帝王』(文春新書)、『暴力団』(新潮新書)など多数。暴力団、半グレなど、反社会的勢力取材の第一人者である。

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